2021年10月18日月曜日

銀座うかい亭


いまや高級レストランの一大看板になった「うかい亭」。久しぶりに銀座のうかい亭に出かけてきた。

 


 

うかい亭の発祥は八王子だ。銀座店も八王子店と同じような内装で、私にとっては懐かしい雰囲気で郷愁に浸れる。

 

私が初めて八王子のうかい亭に連れて行かれたのが中学3年の頃だった。もう40年ぐらい前の話である。

 

代々の墓は浅草にあるのだが、八王子にも追加で墓を作ったことで、時々、荻窪の実家から八王子詣でに行くようになった。

 

亡くなった祖父がうかい亭が好きで墓参りのたびに連れて行ってもらった。ただ、思春期というか、食べ盛りの頃の私にとってはファミレスでドカ食いのほうが嬉しかったのが本音だ。

 

鉄板で仕上げる高級ステーキとはいえ、前菜を始めチマチマした料理が出てから肉が焼かれる。そのじれったさに加えて肝心の肉は当時の私から見ればコマ切れの少量だ。欲求不満ばかり感じていた覚えがある。

 

いま思えば実にもったいない話だ。上質な食材や器、手の込んだ内装や雰囲気などを楽しむような文化的素養はまったく無かった。ただドカ食いだけを求めて生きていたように思う。

 

そんな私も人生後半戦の年齢だ。ようやく上質なものを喜ぶマトモな?人間になったので、今はあの頃のようにブツクサ言わなくなった。当たり前だ。

 

というか、既にメインの肉はキツく感じるようになり、メインの前に出てくる料理のほうに感動するようになってしまった。

 



 

様々なキノコが入った茶碗蒸しと栗のポタージュである。茶碗蒸しは出汁の風味が際立つ繊細な味。ポタージュは栗の甘味も濃厚な店の名物だ。

 

栗のポタージュのために作らせたという器がまたポッテリとした風情で良い。高級店が高級である理由の一つが器である。だから元を取る!かのように必死に器も愛でる。

 

この店で食べていると料理のジャンル分けという概念が覆される。和食、洋食、フレンチ、イタリアン等々の枠に収まらない「美食ニッポン料理」と呼ぶのが適当だと思う。

 

上の茶碗蒸しの味わいは上質な日本料理店、ポタージュは上質なフレンチの店で供されても不思議ではない味わいだった。

 



 

冷製パスタ、鯛の刺身である。両方ともカラスミが味の決め手。これまたジャンルなどに囚われない逸品だ。

 

刺身は断然醤油で食べたい私は、カルパッチョみたいな味付けはあまり好きではない。醤油以外の味付けの刺身にはまったく期待していないのだが、この日の鯛はビックリするほど美味しかった。

 

思い込みの脆さを痛感する。薬味とカラスミと何か別の味付けもあったのだろうか、素材の良さもあって甘味と旨味が高次元で融合していた。

 

店内のいけすから出したばかりというハマグリも印象的だった。大きさも良く、味付けにもウットリした。

 




 ガーリックやバター、エシャロットなどを使ったスープ仕立てである。そのまま味わってもパンを浸しても延々と食べ続けられそうな味わいだ。

 

この日はベーシックなランチコースを頼んだ。ちょっとずつとはいえ、メインのステーキやガーリックライスの前にこれだけ出てくるわけだから充分である。

 

シャンパン片手にウマいウマいと言っているうちに既に満足してしまっていた。子供の頃に家族で出かけた時には考えられない我が身の衰退ぶりにちょっと困惑する。

 


 

で、肉の出番である。ちょっとキツい。おまけにサーロインである。40年前なら無尽蔵に食べられたが、この日は一切れで充分ぐらいの感覚だった。

 

正直、頑張らないと完食できなかった。実にだらしない。それでもガーリックライスは余裕で完食したから、やはり牛肉の脂に弱くなったのだろう。ちょっと切ない。

 

うかい亭恒例?の別な席へ移動した上でのデザートもまた文句なしの水準だった。プリンやモンブラン、アイスクリームなどから選べるのだが、どれも贅沢な素材をたっぷり使ったことが分かる逸品揃い。

 

変な話、ランチのベーシックなコースといえば、うかい亭のメニューの中で最もお手軽ということ。食が細くなってくる中高年だったら正直このぐらいで充分だと思った。

 

何だかシャバダバな結論になってしまった。

 

 

 

 

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