ここでも何度か書いてきた俳優・香川照之の歌舞伎への挑戦(http://fugoh-kisya.blogspot.jp/2012/03/blog-post_14.html)。縁あって初日の舞台を見てきた。
同窓生の中には、私などより激しく支援している面々が大勢いるのだが、香川親子の後援会報の制作を任されたせいで、有難く初日の舞台を鑑賞させてもらった。
正直、歌舞伎にはあまり興味がない。子どもの頃学校で強制的に見に行かされたことはあったが、大人になってからは付き合いで何度か歌舞伎座に行った程度だ。
歌舞伎以外に能・狂言なども何度も見に行ったが、ついついイビキをかいてしまう。熱心なファンには申し訳ないが、この日も古典歌舞伎を見ている時には何度か船を漕いでしまった。スイマセン。
映像の世界で名を成したとはいえ、香川君は歌舞伎の世界ではズブの素人である。本人も充分認識しているが、それだけにプレッシャーは相当なものだと思う。
さすがに初日とあって演し物だけでなく口上にも世間の注目が集まった。テレビのワイドショーがこぞって放送していた場面だ。
人間国宝・坂田藤十郎を筆頭に当日出演する10人以上の歌舞伎役者が一言ずつ挨拶を述べたのだが、猿之助を襲名した亀治郎を絶賛する声はあっても、香川照之改め「市川中車」に関しては聞きようによっては辛辣に聞こえる口上もあった。
彼にとってはイバラの道を進むような心境だろう。
6月公演昼の部は「小栗栖の長兵衛」と「義経千本桜」。香川君は前者で主役の長兵衛を演じている。
この演目は明治以降に生まれた、いわゆる新歌舞伎というジャンルだそうで、ストーリーもセリフも分かりやすい。歌舞伎に興味がない人でも充分楽しめる内容だ。
さすがに旬真っ盛り?のベテラン俳優だけのことはある。冒頭15分過ぎに花道から登場した途端、舞台の空気は一変。その場を完全に「香川劇場」に塗り替えた感があった。
空気を支配する力、空気を支配する能力は、トップクラスの役者だからこそ発揮できるものだろう。その点、長年映像の世界で揉まれてきた香川照之(市川中車)の存在感は独特で、一気に舞台の空気を変える力がある。
激しい動きの場面では、歌舞伎の所作を必要とする部分もあり、本人にとっては勝手が違った点もあるようだが、見ているほうの素人としては充分楽しめた。
それでいいのだと思う。
小難しい古典的な作法はアチラ側の世界の話であり、観客からすれば純粋に舞台を堪能できれば素晴らしいことである。
「小栗栖の長兵衛」という作品自体が喜劇であり、客が単純明快に愉快な気分になれば文句なしだ。ドッと笑い声が沸き起こる場面が多かったことと、幕間の時間帯に大勢のお客さんが楽しそうな表情だったことは彼の挑戦の第一歩が成功したことの証しだろう。
長セリフも一切言い淀むことはなく、豪快な役柄を表現するには充分な身体の動きや声の張り。素人が評論めいたことを書くのは気が引けるが、歌舞伎に馴染みのない客を魅了するには充分の迫力だった。
この日、口上を挟んで古典歌舞伎の代表作「義経千本桜」も鑑賞した。こちらは「市川中車」の出番は無し。
新たに猿之助を襲名した旧?亀治郎が、義経の家臣役と、その家臣に扮したキツネの二役をこなす。卓越した表現力はさすがの一言。若い頃からホープと目されてきたプロの力量を垣間見ることができた。
一朝一夕に形作られるはずのない「歌舞伎役者」の凄さを改めて感じた。ある意味、「市川中車」が歩こうとしている道がとてつもなく険しいことがよく分かった。
もちろん、歌舞伎の演目はたくさんあるわけで、新歌舞伎もそうだが、「市川中車」が存分に存在感を発揮する場面はいくつもあるのだと思う。
現状の力量にあった役柄、身の丈にあった役柄をコツコツとこなしていくことで「市川中車」の世界は着実に育っていくはずだ。
歌舞伎という大枠の中で、そうした潮流がひとつぐらいあってもいいと思う。時代が移り変わる中で決して邪道なものだとは思わない。専門家による専門家のための批判は早速メディアでも見受けられるが、客がワクワクできればそれで良いのではないか。少なくとも彼の仕事は専門家を納得させることではない。
保守的、閉鎖的な古典芸能の世界で精進を重ねるのは想像以上に過酷だと思う。それでも彼の演技を喜んで見る人がいて、結果的に歌舞伎の裾野を広げることになれば、無謀と言われる挑戦も大いに意味のあることだろう。
公演終了後、図々しく楽屋を覗きに行った。もともと細身な彼がやつれて見えた。猛特訓の日々が続いていたようだからヘロヘロなんだろう。
長生きしそうにないなあ。
いやいやそんなことを言ってはいかん。健康管理だけは徹底して欲しいものだ。
いずれにせよ、ヤッカミや中傷もいっぱいあるなかで、彼の一生懸命さ、心の熱さはホンモノだ。素直にエールを贈りたい。
「挑戦する中高年」。せめてこの部分だけでも見習わねば・・・。
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