2017年11月1日水曜日

オールドパーを飲む理由

ウイスキーといえばオールドパー。まるで古い人間のようだが、個人的な思い入れもあってそんな印象がある。

竹鶴やマッカランのほうが好きだし、水割りで飲む「響」は世界トップレベルだと思うが、オールドパーには「郷愁」という味わいが加わる。

もう20年以上前に亡くなった祖父が愛飲していたのがオールドパーだ。昭和に活躍した人達にとって定番だった酒だ。

明治新政府から欧州に派遣された、いわゆる岩倉使節団が持ち帰って明治天皇に献上した話や、吉田茂がオールドパーをこよなく愛した話は有名だ。

田中角栄さんも子分達の裏切りにあって、ヤケ酒でオールパーを飲みまくって倒れた。

今でこそ、ウイスキーは百花繚乱状態だが、昭和の頃は価格も高く種類も少なく、ウイスキーの銘柄ごとに飲む人達の“クラス分け”が成立していた。すなわちオールドパーは上等だった。

それこそ若造にとってオールドパーは高嶺の花だった。実家暮らしの大学生の頃、祖父から時々飲まされるオールパーはオトナの味そのものだった。

その後、酒税法の改正だの何だのでオールドパーは特別高価なものではなくなり、今では3~4千円で売っている。“特別な感じ”はすっかり希薄になった。

とはいえ高級クラブみたいな場所以外ではオールドパーを見かけることが滅多にない。錦糸町や亀戸のスナックでも愛飲する人はいるのだろうか。

いま私がオールドパーを飲むのは銀座に出た時ぐらいだ。昭和30年代にアノ街でブイブイ飲み歩いていた祖父にあやかる気持ちのせいである。

私は高度成長期に肩で風を切っていた人に強い憧れがある。平たく言えば、昭和へのノスタルジーだろう。

昭和は遙か昔の話になり、平成の時代も来年で終わりだ。若いつもりだった自分も気付けば「高齢者枠」が目前に迫っている。

自分が若造だった時代をどこかで懐かしむためにオールドパーと付き合っているような気がする。

あの頃、背伸びをして憧れたダンディーなオジサマ達の姿に自分は近づいているのだろうか。そんなセンチなことも頭に浮かぶ。



葉巻を片手に緑茶をもらって休憩するときも、食べ過ぎて胃薬もらってホゲホゲするときも傍らにはオールドパーのボトルがある。

そもそも、オールドパーはイギリスに実在したトーマス・パーなる傑物の名前が由来。ウソかホントか152歳まで生きた好色爺さんだ。

100歳を超えてから不倫して教会で懺悔したとか、死因は暴飲暴食だとか結構カッチョいいエピソードがあるらしい。

昭和のオジサマやオジーサマ達がオールドパーを好んだのも、そんな勇猛な?逸話にあやかっていた部分もあるはずだ。

私自身、もともとは祖父をリスペクトする気持ちで選んでいたが、最近は「パー爺さん」への信仰心みたいな感覚で飲んでいる。

すっかりアチコチが弱ってきたから、生涯現役を目指したくて改めてオールドパーへの思いを強くしているのかもしれない。

結局、なんだかんだ言ってスケベな意識がオールドパーを選ぶ原動力になっているわけだ。困ったものである。


たわわな画像!を撮らせてもらっても、オールドパーのボトルがちょこんと写っている。

アノ街で私がヒヒオヤジ状態になっているのをいつもパー爺さんにチェックされている感じだ。パー爺さんには守護神として私の活躍を見守って欲しいものである。

冒頭の画像のように、オールドパーは瓶の形状の関係で斜めに置いても絶妙にバランスを取って倒れないという特徴がある。

昭和の先輩達も「倒れない」という縁起モノ的な特徴をオールドパーを愛する理由にしていた。

私もまだまだ倒れるわけにはいかない。今後もパー爺さんに世話になろうと思う。

2 件のコメント:

道草人生 さんのコメント...

富豪記者殿
今回の投稿も深く共感します。
ウイスキーですと私の場合は祖父ではなく父親。さして酒が強くないのに壮年期だった昭和4-50年代の晩酌は決まって水割りでした。ただしオールドパーではなくサントリーの角でしたが。

確かに強い酒をあの頃の大人はみんな飲んでいたような気がします。世間が高揚していたから働く男たちもパワーが欲しかったのかのでしょうか。今とは明らかに感覚は違う気がします。現在の自分はウイスキーを飲むときは気取ってシングルモルトなんかを呑みますが、たまにオールドパーだとかIWハーパーなどを呑む時、確かに一瞬、往時の父親、祖父たちの背中を思い出したりもします

富豪記者 さんのコメント...

道草人生さま

昭和の大人はみんなウイスキーでしたよね。
アルコールの楽しみ方が今より限定的だったように思います。
焼酎も格段に上等になり、日本酒も安っぽいヘンテコなのが駆逐された今は酒飲みには恵まれた時代なんだと思います。