2023年2月13日月曜日

銀座の手


「アフリカの手」という言葉があると聞いたことがある。一度アフリカを訪ねると心を鷲摑みされて二度三度と行きたくなるといった意味合いらしい。

 

その例えをもじると「銀座の手」もあるように感じる。夜のクラブ街に一度馴染んでしまうと何となくルーティンのように訪ねるようになる。私も鷲摑みされちゃったのだろうか。

 

コロナ禍でぷっつりと行かなくなっていたのに昨年秋頃から何となく足を運ぶことが増えている。10年ぐらい前にマメに通った頃ほどではないが、準ルーティンぐらいに戻りつつある。

 



昔と変わったのはすぐに眠くなってしまってハシゴをしなくなった点だろうか。23軒は顔を出すつもりで動き始めても一軒だけで引き上げる。ヘタすると22時のタクシー規制が始まる前には流しのタクシーを掴まえて帰宅する。

 

だったら行かなきゃいいのにとも思うのだが、そこが「銀座の手」の厄介なところだ。しばらく間があくとモゾモゾするような感覚があって、ついついあの街のざわめきの中に身を置きにいく。

 

昨今の物価高騰とはまるで関係なく昔から物価が破綻している世界である。散財するばかりで何かを得ているのだろうか。そう考えるとビミョーだ。

 



行く理由は後付けで何とでも言える。現役感を確認しに行く、張りのある空気感を味わいたい等々いろいろだが、大袈裟に言えばいっぱしの男にとってのQOL向上の一環とでも言っておこうか。

 

このブログでも15年ぐらい前から夜の銀座ネタは随分と書いてきた。書きながら自分自身で夜の銀座の意味みたいなものを必死に考察してきたような気がする。一部だけ再掲してみる。

 

勝ち組クラブ

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2008/08/blog-post_13.html

 

銀座 男と女

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2011/07/blog-post_27.html

 

銀座のクラブ 罠

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2015/05/blog-post_29.html

 

銀座の夜の物語

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2016/10/blog-post_21.html

 

偽装バンザイ

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2013/11/blog-post_29.html

 

部活

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2011/11/blog-post_07.html

 

銀座の夜のめぐり会い

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2009/09/blog-post_25.html

 

自分で読み返して感じたのはその頃の自分の若さである。夜の街で飲み歩くことに意味を見出そうと一生懸命にアンテナをはっている感じがする。

 

まだまだ感性がサビついていなかったのだろう。そう考えると最近はまったく何も考えずにブラブラ飲んでいる。ちょっとは自分を律していろんな発見や気づきに繋げるようにしないとダメだと感じる。

 

40代の中年と50代も半ばを過ぎた中年の違いは結局そのあたりのアンテナ感度に尽きるのかもしれない。私はまだまだ枯れるつもりはないから初心?に戻って夜のパトロールに励もうと思う。

 

そのためにはやはり「ムダな恋心」も必要だろう。何だかんだいってお気に入りの女子の尻を追っかけるようなマインドがあってこその現役男子である。

 

上に羅列した過去のネタを読み返すと、あの頃は○×ちゃんと良い仲だったな、△○ちゃんにはヒドいめにあったな、×△ちゃんとはズブズブだったな等々、その時々の背景にオネエサンが存在していた。

 

枯れないためにせいぜい毎朝のラジオ体操をサボらずに頑張ろうと思う。

 

0 件のコメント: