2026年4月27日月曜日

キュウリの話

 

今日はキュウリの話。富豪という言葉の対極みたいな響きだ。私にとってキュウリは謎の存在だ。嫌いなのによく食べている。

 

ちなみに人生で一度もお金を出して生のキュウリを買ったことはない。スーパーとかでの買い物の話だ。ピーマンも買ったことがなかったのだが、昨年、自家製ナポリタンを作る際に禁を破って?買ってしまった。ニンジンもレタスももちろんセロリなんかもお金を出して買ったことがない。威張る話ではないが…。

 

キュウリの原体験といえば小学生の頃に飼っていたカブトムシやクワガタの餌に使ったことだ。これがまた臭くなっちゃうからイヤだった。ただでさえ青臭い様子のキュウリから放たれる悪臭に辟易とした。

 

その頃、祖母が作るぬか漬けキュウリは食べたのだが、あれはキュウリ感が無い単なるしょっぱい物体だったから食べられた。漬かり過ぎたぬか漬けキュウリは色も変わる。茶色に変化したしょっぱいキュウリは今でも食べたくなる。

 

そんなこんなで普通のキュウリを食べずに生きてきたのだが、50歳になった頃から好んで食べるようになった。梅きゅう、もろきゅうといった居酒屋の箸休め的な「きゅう」である。

 

きっかけは某焼鳥屋でサービスで出された梅きゅうである。梅ペーストを付けたとしてもしょせんは生のキュウリである。それまでまったく興味がなかったのだが、サービスで出された以上は手を付けないわけには行かない。

 

仕方なく食べてみたら案外悪くなかった。鶏肉の脂っぽさを中和してくれて結構美味しく感じた。それ以来、居酒屋系の店ではほぼ必ず注文するようになった。

 



モツ焼きの店などジャンク系居酒屋も大好きな私だが、そういう店の食べ物はクドいものが多い。そのクドさを楽しみに出かけている面もある。とはいえ、歳も歳だからクドクド攻撃が続くとシンドくなる。そこに梅きゅうである。サッパリしてその後また改めてクドいものが美味しく感じる。

 

同じ頃、ワガママが言える程度に馴染みになったお寿司屋さんでスーパーカッパなる巻きモノを頻繁に頼むようになった。気が狂ったようにすりゴマを投入したカッパ巻きである。

 



お寿司屋さんでヒエラルキーの最下層に位置するカッパ巻きだが、すりゴマをテンコ盛りにすると一気にゴージャス感が生まれる。キュウリの風味をチョビっとしか感じないぐらいにゴマを入れてもらうのがポイントだ。ゴワゴワするぐらいの食感になれば完璧だ。

 

最近はそういう変態的な注文をしなくなったのでこれはこれで私にとっては思い出の一品である。

 

さて、梅きゅうが私にとってのキュウリの基本だが、時には個性的な「きゅう」に出会えるのも嬉しい。キュウリ単体なら絶対に食べたくないのに「添え物」次第でいきなりキュウリがご馳走に変わる。

 



一番のお気に入りが東銀座にあるトンカツの名店「はせ川」の肉味噌キュウリでだ。この店に初めて入った時に食べて衝撃を受けた。その後何度も通うようになったのはトンカツのウマさだけが理由ではなく肉味噌キュウリのせいでもある。

 

甘めの味付けでちょこっと付けても良し、ドッサリ載せて味わうも良しである。単純明快にウマい。肉そぼろ系の「きゅう」が世の中にもっと普及すべきだと感じる。時にはこの肉味噌をテイクアウトすることもある。炊き立てご飯に載せて食べてもバツグンだ。

 



続いて上の画像は赤坂にある焼鳥「まる」の鶏味噌キュウリだ。この店に行ってこれを注文しなかったことがない。むしろこれが目当てと言っても大げさではない。

 

そぼろみたいな肉感はないのだが、ほんのりニンニクの風味も感じられて延々とキュウリを食べ続けられそうな味だ。うまく表現できないのだが、あえて表現するならキュウリが喜んでいる感じがする。

 



こちらは人形町のもつ鍋「やましょう」の大葉味噌キュウリだ。大葉の風味がキュウリの青臭さを退治?しているかのような味わいで焼酎との相性が良い。

 

キュウリといえば95%ぐらいが水分で出来ているらしい。カロリーの少なさでギネスに載っていると聞いたこともある。栄養価はまったく期待できないようだが、暴飲暴食が趣味みたいな私のような人間には有難い存在である。

 

たいていは飲み食いの前半で出てくる一品だ。空腹でスタートした頃合いでキュウリが出てきてそれをボリボリ食べればドカ食い防止の効果もある。

 

ここまで書いておいてディスるのもキュウリに申しわけないが、なんだかんだ言って今でもキュウリ自体はウマいとは思えない。あくまで「梅」「肉味噌」「鶏味噌」「大葉味噌」といった名参謀たちが私を魅了しているわけだ。

 

変な結論になってしまった…。

 

 

 

 

 

 

 

2026年4月24日金曜日

土用の鰻、土曜日の鰻

 

土用のウナギという言葉がある。平賀源内が編み出した広告コピーの元祖という説もある。夏の時期に鰻屋の客足が途絶えちゃった対策として縁起物、願掛けチックな話として広まった。

 

養殖モノがなかった江戸時代だから夏のウナギは当然痩せている。客足が減っちゃうのも無理はない。本来は冬が旬だから脂がのったウナギは夏には食べられなかったわけだ。

 

今の時代はヘタな天然モノより養殖モノのほうがウマい。安定的に上質なウナギが食べられるわけだから土用の丑の日にわざわざ大混雑かつ雑な仕事になっちゃう鰻屋さんに行く意味はない。老舗鰻店の中には土用の丑の日をあえて休業日にしているところもある。

 

さて、どうでもいいウンチクはここまで。私にとってちょっとした課題だったのが土用ならぬ土曜日のウナギだ。普段、ウナギで一献と洒落込むのは平日が中心だ。特に意味はないが仕事終わりにウナギとランデブーしていることが多い。

 



 先日、土曜の外出時に同行者から「ウナギが食べたい」という強いリクエストが来た。銀座界隈でアレコレ予定があった日なのでその周辺の店に行こうとしてみた。

 

ところが、近隣で私がよく行く東銀座の「神田川」、築地の「宮川」は土曜が休業日だった。数寄屋橋に近い「野田岩」は土曜営業していたが正直好みではないので他を考える。複合ビルに入っている店だとワチャワチャしてそうでシッポリ気分には合わないような気がする。

 

日本橋まで行けば「大江戸」や「喜代川」が土曜営業していたはずだが、あまり移動したくない事情もあったのでパス。で、56年ぶりに東銀座、汐留側の「竹葉亭本店」を訪ねることにした。

 

私にとってウナギは鰻重をさっさとかっ込むというより、一品料理をつまんでだらだら酒を飲み白焼きでうなって最後に鰻重をもらう“ダラ飲み”の場だ。ヤボだけどそれが習慣になっている。

 



銀座4丁目角にも竹葉亭はあるのだが、そちらはダラ飲み路線とは違う“サクっと鰻重を食べて帰る”みたいなイメージがあるので長年覗いたことがない。不便な立地でもつい風情ある建物をウリにする本店のほうを選ぶ。

 

本店も座敷席を使うにはコース料理を選ばなきゃならないので、コースが苦手な私はカジュアルなテーブル席に陣取ることになる。

 

ウニのイカ和えみたいな一品メニューもあるのでダラ飲み派にも居心地が良い。この日はウナギづくし気分だったので、うざく、う巻き、白焼き、そして鰻丼という王道のメニューを選んだ。

 



何が有難かったかといえばう巻きのボリュームだ。卵焼きのワザを見せつけるため?か、たいていの専門店が2人前ぐらいの量で出してくる。一人や二人では注文しても食べきれないことが多い。

 

その点、こちらでは画像のサイズで提供してくれる。他にもあれこれ食べたいしシメの鰻丼の前に満腹になりたくないからこのサイズは嬉しい。おまけにキチンと甘い卵焼きである。

 

だし巻き卵で作るう巻きも悪くはない。なんなら美味しいな~ってつぶやいちゃう時もある。でも、やはり東京の老舗だったら“西からの攻勢”に負けずにあくまで甘い卵焼きをベースにすることにこだわって欲しいと思う。

 

で、シメの鰻丼だ。座敷席と差別化するためか、サイズは2種類だけで姿かたちも重箱ではなく丼である。丼は食べやすいから重箱に固執する気はないのだが、サイズの選択肢はもうちょっと頑張って欲しいところ。老舗の有名店なんだから34種類は揃えてくれたほうが楽しいと思う。

 



味のほうはバッチリだった。見事までの小骨の処理に改めて感心した。タレの味に頼るのではなく鰻本来の味を邪魔しない程度に味付けされている点はさすがだと感じた。

 

土曜のウナギ。銀座・新橋界隈ならここは立地的にお忍び感もあって悪くないと思いました。









2026年4月22日水曜日

すき焼き、焼鳥

 

飲食店を新たに開拓する気持ちが湧いてこない。何だかシャバダバな感じだが、ある意味では間違いのないウマいものを食べられていると自己固定する日々だ。先日、すき焼きが食べたくなったのだが、職場から近い京橋の「婆娑羅」に迷わず向かった。

 



この店ではトマトすき焼きが人気だ。そう聞くとヘンテコな料理にも聞こえるが私に言わせれば実に真っ当だ。肉の他はトマトとタマネギのみ。余計な野菜が少ないから個人的には気に入っている。

 

野菜嫌いな私でも味の濃いトマトは普通に美味しく感じるし、タマネギはなぜか好物である。白菜や春菊というすき焼きの定番野菜が出てこないことは有難い。

 



この店の名物が文箱八寸というシロモノだ。すき焼きの前に出てくる。これが妙にウマい。数えきれないほどの品数の前菜的なものが一口づつ用意されている。酒のアテに抜群だ。これを肴に一献やっているうちにメインのすき焼きを店の人が作ってくれる。

 

すき焼きの割下とトマトの味は相性が良い。タマネギも然りだ。すき焼きを受けるタマゴもこの店では少し温かい状態で提供される。こういう気配りは嬉しい。

 



 肝心の肉はもちろん間違いないレベルのものが出てくる。標準の黒毛和牛で充分にウマい。上級ラインとして松阪牛も用意されているが、牛の場合、上級になればなるほど霜降りになるのが普通だからあえて敬遠している。

 

すき焼きが目当てというよりこの店では最後に出てくるパスタが素晴らしい。すき焼きを作った後の割下をベースにお店の人が作ってくれるのだが、この和風フェットチーネにはいつもホッコリする。トマトも牛肉もこれに辿り着くための露払い役みたいなものかもしれない。

 



割下という日本人が生み出した“国宝級ソース”の使い方が実に巧みなお店だと言えよう。すき焼き専属みたいなイメージが強い割下だが、他の料理の調味料としてもなかなかニクい働きをする。

 

私が自宅で愛用している「TKG専用醤油」も割下の風味がほんのり感じられる点が気に入っている。「人形町今半」ブランドの醤油だが、人形町の直営総菜屋でも買うしネット通販でも買ってしまうほどだ。生卵かけご飯ファンには絶対におススメ。

 

続いては焼鳥の話。かつてはウマいと評判の焼鳥屋さんを随分と訪ね歩いた。大衆店、高級店を問わずアチコチに出かけるマメさがあったが、最近はあまり焼鳥欲が高まらない。

 

移転する前の六本木「鳥長」や文京区の「蒼天」などわざわざ出向く店もいくつかあった。その後、今は椎名町の外れにある「とりんと」という大衆店にハマってそこばかり訪ねた。中央区民になってからは新富町の「義常」、「さくら家」あたりに何度も行ったのだが、それぞれ最近は行っていない。

 

いま時々行く店は銀座にあるその名も「串銀座」ぐらいだ。変な話、焼鳥自体は特筆するほどではないし値段も安くない。でもここの「温玉」に惚れている点と内臓系の刺身が出てくること、あとは何より掘りごたつの個室でタバコが吸えることが魅力で活用している。

 

私もよく自宅に取り寄せている大分の「蘭王卵」を使った温玉がひたすらウマい。たいていお代わりしてしまう。おまけにシメには温玉そぼろ丼をほぼ毎回注文する。居心地と温玉が目当てなどというと焼鳥をしっかり焼いている大将に申しわけない気がする。

 



 

世の中にはウマい焼鳥屋さんは星の数ほどある。職場や自宅の至近距離にだって真面目に探せばそういう店はいくつも見つかるはずだ。せっかくの都会暮らしだから新規開拓しないともったいないような気もするが、ついつい決まった店ばかりに足が向く。

 

私の友人にラーメンブログを書き続けるためにわざわざ遠征していろんなラーメンを食べ続けている男がいる。同級生だ。そう考えると私に開拓精神が無いことを歳のせいにはできない。

 

せめて中央区界隈だけでももうちょっとマメマメしく動き回ってみようと思う。

 

 

 

 

 

2026年4月20日月曜日

青春のおすそ分け

 

老後の趣味候補の筆頭である大学野球観戦の季節がやってきた。老後の趣味というより既に今現在のマニアックな趣味になってきた。東京六大学と東都大学リーグに主に関心を持っているのだが、春のリーグ戦は新チームだから早めに各大学の様子をチェックしておくと今年の秋の終わりまでアレコレ楽しめる。

 



六大学の開幕日、東大の3年生ピッチャーの成長ぶりに感心した。東大唯一の甲子園経験者である彼は2年次もそこそこ頑張っていたが、冬の間に随分と鍛えたのだろう。球速も上がっていたしマウンドさばきにも余裕を感じられた。

 

この日は妙に暑い日で神宮球場はある意味日焼けサロン状態で難儀したが、新秘密兵器のタイガー魔法瓶の水筒の素晴らしさを実感する機会にもなった。

 

娘に借りて冷たい麦茶を入れていたのだが、朝10時前に入れたものが夕方4時ぐらいでもしっかり冷えていた。水筒など使う機会が無かったこの数十年の間に世の中は変わったようだ。





さっそく、自分用のも欲しくなってAmazonをポチ。より大きなサイズと秋のリーグ戦に備えて寒さ対策のコーヒー用に小さいサイズも購入。わが家の水筒ストックが一気に増えてしまった。こういう無駄遣いが私の特技である。

 

大学野球の魅力は学生応援席以外は観客が少ない点だ。イニングごとに席を移動していろんな角度から観戦できる。150キロぐらいの速球を投げるピッチャーを観察したければバックネット裏近くに陣取り、満塁やピンチでの守備陣形の動きを観察したければ少し上段の席に移動してグランド全体を俯瞰する。これが結構楽しい。

 



ペアシートを確保することも多い。一人で使うには贅沢だが、プロ野球の試合と違って料金も手頃だから空いていれば悩まず買ってしまう。テーブル付きだからガイドブックや選手名鑑を投げ出しておけるし、持参したグミや豆菓子を食べるにも快適だ。

 

平日開催の東都大学リーグの試合の際は売店が閉まっていることもあるが、週末の六大学の時はそこそこ売り場も空いている。プロの試合の時よりは商品は絞られるが不自由はない。暑くなってきたらかき氷も出てくる。

 

とはいえ、カレーやうどんなど当たり前のメニューをわざわざ食べるならコンビニの気の利いたサンドイッチのほうがウマいと思い、今まではせいぜい唐揚げやフランクソーセージを買うぐらいだった。

 

先日、牛肉弁当、カルビ弁当などを置く店に目がとまった。夜のプロ野球用の準備かと思って素通りしたのだが、廊下で牛丼みたいな弁当をウマそうに食っているオヤジを目撃したので引き返す。

 

確認したら大学野球の日でも販売しているとか。嬉々として温玉牛丼なる1050円の弁当を購入。「肉特盛りは出来ません」と冷たく却下されたので普通に買う。

 

で、我が陣地のペアシートに戻って自慢のテーブル?の上に唐揚げと一緒に並べて御開帳。おやおや結構な肉の量だ。普通の牛丼屋の牛丼に比べて肉の量は2倍はある。野球場の売店で買えるものとしてこれは優秀だ。温玉を混ぜれば味だってなかなかイケる。次回は温玉カルビ弁当を調査することを固く決意した。

 




ちっとも野球の話ではなくなってしまった…。

 

そういえば大学野球名物の応援団やチアの動きも春のリーグ戦がはじまったばかりのせいかどこかフレッシュに感じる。時代遅れの学ラン君が懸命に腕を振る姿や時にアクロバティックな技まで披露するチアのハツラツとした動きを眺めているのも楽しい。

 



なんだか青春のエネルギーをおすそ分けしてもらっているような気分になる。東大の応援団なんてたいていは勝てないのに最後の最後まで真剣に応援し続けている姿がイジらしい。

 

この春は東都リーグも春のリーグ戦は全試合が神宮球場開催だ。マメに観戦したいのだが、東都は火曜、水曜が基本なのでまだ機会がない。王者・青学はこの春も無双っぷりを見せている。どこがその牙城を崩すのかが気になる。

 

そのあたりを書き始めるとキリがないのでこの辺にしておく。

 

 

 

 

 

2026年4月17日金曜日

かまって欲しい人々

 いろいろ雑事に追われてまた更新が出来なかったので過去ネタを一つ。5年前に書いた話だが、今も世間は「かまってちゃん」だらけだ。ビミョーである


https://fugoh-kisya.blogspot.com/2021/09/blog-post_22.html




2026年4月15日水曜日

緊縛とろろ

 

更新が間に合わなかったので過去ネタを一つ載せます。


富豪記者ブログ: トロロ緊縛プレイ





2026年4月13日月曜日

春の楽しみ

 

今日もまた春の話。冬はアンキモや白子やカラスミなどに興奮するが、春は春でウマいものは多い。私の場合、季節感はいつもお寿司屋さんにいる時に実感する。注文するツマミや握りの路線が変わってくるのがその証だ。

 

春に旬を迎える貝がアオヤギである。水揚げされて保管されている姿からバカ貝などと不名誉な呼ばれ方をしているが、個人的には一番好きな貝だ。

 



昔からナゼか赤貝が苦手でホタテも好きではない。理由はない。貝が嫌いなわけではなくツブ貝やミル貝は好きだ。一番はやはりアオヤギだ。潮っぽい味が爽やかでほんのり甘みも感じる。食感も好きだ。

 

ツマミでも良し、握ってもらっても良しである。江戸前寿司の世界ではもともとポピュラーな一品だが、なぜか近年見かけるケースが減った。あまり人気がないのだろうか。若い人などその名前すら知らない人も珍しくない。復権?に期待したいところだ。

 

春から初夏にむけては全般的に貝が美味しくなる時期だ。ハマグリしかり。正統派江戸前系のお寿司屋さんで定番の煮ハマグリも寿司好きにはヨダレものの一品だ。

 




こちらも握って良し、ツマミでも良しの万能タイプだ。ツメの塗りすぎは禁物だが、適量のあのタレ風味がハマグリの魅力を引き出してくれる。お寿司屋さんでナマモノばかりに飽きた頃に煮穴子などとともにワンクッションおける有難い存在だと思う。

 



生のトリ貝もこの季節ならではの逸品だ。時期を外すと茹でられてゴムみたいな食感になってしまうが、ナマだとまるで別な食べ物だ。香り、甘み、トロっとした舌触りが最高だ。

 

こういう旬のウマいものを肴に熱燗を飲んでいる時間が私にとっては活力の素になっている。「食」という文字は「人」を「良」くすると書く。文字通り良い効果を生むには季節感という自然界の法則にのっとって正しい食べ物を味わうことが大事なんだろう。

 



ホタルイカも今が旬だ。気軽な居酒屋さんのメニューにも見かけるようになったら最盛期である。旬が深まるにつれハラワタがたっぷりになるから出始めの時期と終盤の時期とでは違った味わいになる。そんなところにも季節の変化を感じる。

 

わさび醤油、生姜醤油か、酢味噌で提供されるのが常だが、ちょこっとアレンジするだけでまた違った美味しさが味わえる。ハラワタたっぷりのホタルイカならバター醤油で焼いてもバツグンにウマい。ガーリックバターで炒めてもウットリする味になる。

 



こちらのホタルイカは銀座のバー「U」で出てきた洋風酢味噌バージョン。凝りすぎるとたいてい美味しくないのだが、これは大正解だった。ジェノベーゼソースを混ぜているらしい。また違ったホタルイカの美味しさが味わえた。

 

なんだかすっかり食通ぶった書きぶりに終始してしまった。実際は相変わらずウニ巻きを目の前に並べてダラ飲みしたり、ちょっとカジュアルなお寿司屋さんだと「こぼれイクラ」みたいなアザとい一品を前にニンマリしている。

 




正直に言えば旬がどうたらこうたらより、こういうものをガッツリ食べているほうが幸福度は高い。結局は子供舌みたいな食の好みである。

 

一応、いっぱしモノの分かったオジサマを気取っているためには旬なんかも語ってみないとダメだという思い込みが今日みたいな話を書かせるのだろう。


我ながらご苦労なことだと思う…。頑張ります!

 

 

 

 

 

2026年4月10日金曜日

チンポコビールなど

 

桜は終わってしまったが春は何となく浮かれた気分になる。四季のある国に生まれたからこそ感じられる喜びだ。

 



時々出かける築地の蕎麦処「さらしなの里」で食べたさくら蕎麦だ。桜の葉が練りこまれているようでほんのりと春の香りが漂っていた。普通の蕎麦と食べ比べながら蕎麦焼酎の蕎麦湯割りをグビグビしてウットリした。

 



何かと思うところがあって陰気な気分になりがちな日々だが陽気のせいで何とか保てている。どんな時でも気持ちの切り替えは大事だ。

 

先日は、夜の銀座をパトロールしながらとあるバーで実に洒落たグラスでビールが出てきた。愉快だった。バカみたいな時間の大事さを痛感した。私が飲んでも絵にならないので連れの女性に飲ませた。なかなか素敵な光景だった。

 



さてさて、春の陽気のせいかネットでヘンテコなものも買ってしまいがちだ。先日は怪しげなサウナベルトを買った。キックボクシングジムで使ってみたくてAmazonで探してみた。腹回りが汗だくになるらしい。普段ジムでは半袖Tシャツ状のサウナスーツを着ているのだが発汗効果はかなりのものだ。

 

ただ、いつも胸や肩を中心に密着度の高い上のほうばかり汗をかいている感じだ。圧縮したいのは腹回りなので腹専用のベルトは魅力的だ。はたして効果はあるのだろうか。

 



家メシ用に怪しげなレトルト総菜なども買ってしまうのだが、最近手に入れたのが「紅生姜タルタルソース」である。10年以上前にこのブログでタルタルソースへの愛を切々と語ったこともある私にとっては買わずにはいられない一品だ。https://fugoh-kisya.blogspot.com/2014/03/blog-post_7.html

 

若い頃は紅生姜が苦手だったが、歳をとってから好きになった。牛丼にもブリブリ入れたくなるし、串揚げの店でも紅生姜フライは必ず注文する。

 



で、実食してみた。フムフムという表現が的確だろう。ウマいとうなるほどではないがソース焼きそばや冷やし中華に合わせたら悪くなさそうだ。まだトライしていないのだが、そろそろ冷やし中華の季節だ。これからの季節、ガンガン愛用しそうな気がする。

 

腹回りをサウナベルトで絞れたとしてもタルタルパワーでぶくぶく太ってしまっては台無しだ。気をつけないといけない。

 



こちらは怪しげな缶詰である。その名も「ツナマヨ」だ。これまたこんな商品を見つけちゃったら悩まず買ってしまう。「マヨったらコレ」というキャッチフレーズもニクい。送料まで払って購入した。

 

実際に食べてみたところ、こちらもフムフムという感想だった。マズくはない。どちらかといえばウマい。ただ、食べながらすぐに気づいた衝撃の事実のせいで大喜びできない自分がいた。

 

衝撃の事実などと書くと大げさだが、要は自分で簡単に作れるということ。ツナ缶を開けてマヨネーズをビュービュー投入して混ぜれば済む話である。実食するまでどうしてそんな当たり前のことに気付かなかったのかと頭を抱えたくなった。

 

一応、この缶詰独自の味付けもされているのだが、基本は「ツナ+マヨ」でしかない。わざわざ送料まで払って心待ちにしていた自分の愚かさに切なくなった。

 

きっと春の陽気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

2026年4月8日水曜日

真っ当な寿司

 

BSテレ東で放送されていた「今宵、町寿司で 市川右團次と小粋な一献」という番組が終わってしまった。大ファンだったのに残念である。今年の初めにスタートしたのに1クールで終了しちゃうとは思わなかった。(追記…再放送はやっているみたいです)

 



BSにありがちな息の長い「呑兵衛系番組」として長寿シリーズになることを願っていたのにまったくもって惜しい。

 

「おまかせ一辺倒のバカ高い寿司店」があちこちで幅を利かすようになった現在の寿司バブル状態に一石を投じる意義深い番組だった。バブル寿司と回転寿司しか知らない人々に視聴して欲しい番組だった。

 

地域密着型の昔ながらの寿司店を町寿司と定義して、毎回それぞれのお店で常連さんも登場、お店のおススメや右團次さんが好きなものを食べてそこそこ酒も飲んで過ごすだけの番組だ。

 

何が良かったかといえば各回とも最後に食べて飲んだものが一覧表示されたうえでお会計の金額がしっかり表示される点だ。どの店も手の込んだ個性的な品々を出してくれるのだが、毎回8千円前後の支払いだった。極めて真っ当なお寿司屋さんの実態に毎回うならされた。

 

いつの頃からかコース専門というか「おまかせ一辺倒」のお寿司屋さんが激増した。いまや繁華街ではそれなりの構えの新規オープンの店の大半がそんな路線だ。若い頃から“客としての寿司修行”に励んだ私からするとそういう路線の店にはまるで興味が湧かない。

 

もちろん、そういうお仕着せのほうがラクで快適という人が多いのも分かる。だとしてもナゼそういう店に限ってアホみたいな値段を取るのかが不思議で仕方がない。仕入れロスの点でも普通の店より有利なはずだ。

 

カウンターを挟んで職人さんと客が対峙するのがお寿司屋さんの基本形だ。もともと屋台の食べ物だったからでもある。好きなものを好きな順番で好きなだけ食べられるあの世界は世界中の外食ジャンルの中でも稀有なスタイルだ。

 

そんな自由さが寿司を楽しむ大原則だと信じている私としてはお店の都合をただ一方的に出してくるだけのお店には否定的だ。実際にふらっと入った店がソッチ系だったからすぐに退散したことも何度かある。

 

冒頭で紹介したテレビ番組はイマドキのそんな風潮へのアンチテーゼみたいな役割もあった。あくまでごく真っ当な普通のお寿司屋さんが主役。実際、それぞれのお店がそれぞれの流儀でニクい仕事を見せてくれた。見逃し視聴も可能なようなので興味がある人はゼヒ見てもらい。

 

おまかせ一辺倒の寿司店に否定的な話を最初にこのブログで書いたのは18年も前のことだ。https://fugoh-kisya.blogspot.com/2007/11/blog-post_26.html

その頃からソッチ系が増え続けているわけだから、いまやどっちが普通か分からないぐらいだ。実際に声高に寿司好きを自認するいっぱしの大人からコース以外で寿司を食べたことがないと言われて驚いたこともある。

 

わりと最近もそんな話を書いたのだが、今の時代、ソッチ系のお店は昔から日本人が馴染んできた「寿司屋」というイメージとは異質な別ジャンルの外食カテゴリーに派生していったのかもしれない。https://fugoh-kisya.blogspot.com/2024/01/blog-post_26.html

 

8千円前後で充分に寿司好きをうならせる町寿司と平気で5万円とか言っちゃうバブル寿司の店を同じ土俵で比較すること自体に無理がある。もはや別ジャンルだと解釈しないと理解不能の世界だ。

 

軌道修正。

 

お寿司屋さんの魅力は季節を味わえる点にもある。今の時期は鯛の刺身もウマいし白魚やホタルイカを肴に一杯楽しむのは至福の時間だ。

 




個人的に白魚はさほど好きではなかったのだが、先日食べたのは酢の物仕立てだった。三杯酢との相性が実に抜群で一気にファンになってしまった。醤油か塩か、はたまた酢か、これだけの違いでネタの味の印象は大きく変わる。そんなことを知るのも寿司飲みの楽しさだ。

 




こちらは子イカの煮物と煮ハマグリ。これも春の一品だ。こういう昔ながらの“仕事系”の一品が出てくると、やはり古くからの寿司文化は大事に継承されてほしいと痛感する。

 

マヨコーン軍艦もツナサラダ巻きも大好きな私だが、煮ハマグリや煮穴子、ヅケマグロや小肌といった江戸前本流の仕事系のネタの美味しさは別格だ。そういう“古株”たちが頑張ってくれているからこそコーンマヨも名脇役になれるのだと思う。

 

何を言っているのかよく分からなくなってきた…。

 

 

 

2026年4月6日月曜日

哀愁の焼きそば

 


 みんなが大好きなのにナゼか「格下」みたいに扱われている料理といえばソース焼きそばだ。ある意味、正当な日本料理の一つだが「家で食うもの」というイメージが強いせいか、外食ジャンルにおいては注目されることが少ない。

 

「縁日の屋台で食うもの」という固定観念もソース焼きそばが邪険に扱われる?理由の一つだ。もっといえば「カップ麺で充分だろう」みたいな先入観も世の中に根強い。

 

「ラーメン食べに行こうぜ」「蕎麦食べに行こうぜ」「うどん食べに行こうぜ」という会話は日々全国各地で展開されているが、「焼きそば食べに行こうぜ」はかなり少数派だ。

 

焼きそば専門店が少ないことも理由だ。どうにもこうにも主役にはなれない哀愁がソース焼きそばには付きまとう。あくまで「ついでに食べるもの」だからメニューの多い大衆居酒屋ではよく見かける。

 



こちらは日本橋のコレド室町テラスにある居酒屋「大金星」のソース焼きそば。一時間に一度焼きそばを作ることをウリにしているから店員さんもその旨を客に告知する。結構な割合の客が「それなら頼もうか」と、さもついでみたいな感じで注文する。

 

そういうシステムゆえにこの店では焼きそばはエース級と呼べるが、たいていの居酒屋さんでは肩身が狭そうにメニューの端っこに表記されている。なんとなく切ない。

 

23人で居酒屋に行ったとする。他のメニューの“ついで”に注文したはずなのに全員で取り合いになる。そのぐらい誰もが好きなのに「ソース焼きそば愛」を声高に叫ぶ人が少ない。ちょっと不思議な気がする。

 

焼きそば界隈でも高級中華系の料理になるとイメージが変わる。単価も高いゴージャス系の一品が人々から称賛される。あちらは肉や魚介類といった具材の豊富さがウリだ。ソース焼きそばは比較対象にもされない。

 



こちらは神保町「揚子江菜館」の上海焼きそばだ。こちらはタマネギぐらいしか具材は見当たらないので高級と言えるほどではないが、昭和の文豪・池波正太郎が愛したというストーリーのせいで人気を集めている。実際にウマい。

 

「格下」扱いされることのないそうした中華料理店の焼きそばは名物料理と呼ばれたりご馳走っぽいイメージになったりする。ソース焼きそばだとどうしても世間からのリスペクトとは無縁だ。哀しい話だと思う。

 



ソースという冠が付くと問答無用でB級扱いされてしまうようだ。そんな現実はソース好きな私からすれば由々しき問題だ。ソース焼きそばのトッピングとして豪勢に肉を盛り付けるような取り組みが世の中で広まって欲しいと思う。

 

ステーキ載せ焼きそば、リブローストンカツ載せ焼きそば、極太エビフライ載せ焼きそば等々、ソース焼きそばをベースにしてもゴージャス路線を目指すことは可能なはずだ。

 

下の画像は自宅で作ったポークソテー焼きそばだ。生姜焼き用の豚肉をガッツリ載せたことでご馳走っぽい感じに仕上がった。ディナーカレーという呼び名をパクってディナー焼きそばと名付けたいぐらいだ。

 



とはいえ、安直で手軽な「おやつ感」がソース焼きそば人気の生命線だという見方も否定できない。闇雲にゴージャス路線を目指すのも違うような気もする。

 

やはり、ラーメン界隈のように創意工夫をこらした専門店が増えることがソース焼きそばの地位向上には欠かせない。


ほんの30年前ぐらいを思い返せば今ほどラーメン屋さんは溢れかえっていなかった。メディアやSNSの影響で現在のような大賑わい状態が確立されていった経緯がある。

 

ソース焼きそばだって何かのきっかけで大ブレイクしないとも限らない。どこの街を歩いても焼きそば専門店が簡単に見つかる日が来ることを夢に見て残りの人生を歩んでいこうと思う。

 

大げさでスイマセン。

 

 

 

 

 

2026年4月3日金曜日

悪あがきオジサマ?

 

「いい歳して…」「年甲斐もなく…」。オジサン、オバサン、はたまた爺ちゃん婆ちゃんに向けて使われる言葉だ。年齢相応の自覚ナシにハッチャけたりするとそう言われる。

 

思慮分別は大事だ。歳を重ねれば身についてないとダメだ。そんなことは百も承知だが、人間は煩悩の塊だからコトはそう簡単ではない。私も「いい歳」バリバリだが、まだまだ現役でいようと悪あがきの日々である。

 



サザエさんパパ・磯野波平よりはるかに年上になってしまったがいまだに若い女性の尻を平気で追っかけている。我ながらご苦労なことだと思う。狩猟本能?がまだ残っているせいで年甲斐のない行動ばかりである。

 

波平さんが若い女性を追っかけ回すのはきっと世間が許さないだろうが、私は独身だし波平さんより毛髪もある。それより何より波平さんという人物が設定された時代と今では世相も違う。

 

すいません、単なる言い訳です。

 

女子を連れていく店選びには気を遣う。さすがにファミレスに行くわけにもいかない。ヘタに若い人に迎合したよう店を選ぶのもイヤだから必然的にオジサマ的世界になる。

 

フレンチみたいなジャンルは私自身が詳しくないし、ワイン中心の食事が苦手だから当たり前のように和食だ。なかでも鰻屋さんを選ぶことが多くなる。オヤジ独壇場の世界だ。こっちとしては気が楽である。

 


お寿司屋さんもオヤジ独壇場の世界だが、それなりに親しい相手じゃないと連れて行きにくい。歯が浮くようなセリフをぶっ放している姿をお寿司屋さんの大将に見られるのは小っ恥ずかしい。

 

銀座のホステスさんと銀座の寿司屋に行くようなパターンなら問題はない。同伴というあの街の文化が根っこにあるので周りも同類ばかりだったりする。そうじゃない場合はやはり厄介だ。

 

普段、一人で行くことの多い店に女性を連れて行った場合、私は間違いなく普段とは違う顔つきや口調でスカしているはずだ。そんな姿を顔見知りの大将に観察されるのは負けた気がする。やはりカウンターというポジションだと落ち着かない。

 

鰻屋さんのテーブル席でウンチクを得意げに語っているぐらいが収まりが良い。白焼きと冷酒の相性だとか、うざく、う巻き、肝焼きのあれやこれやを話していれば済む。

 



一人酒、一人メシが好きなのに、ずーっとそれだけだと何かが違う気がして時には女子との闘いに身を置きたくなる。それこそ「いい歳して…」の極みだが、いったいいつになったら下心みたいな邪念は消えていくのだろう。

 

「ダンディーぶったオジサマ」というカテゴリーに分類されているつもりの私だが、そう自認してから既に長い年月が経つ。もうすぐそこに「オジサマ」から「お爺ちゃん」への扉が待っている。煩悩の炎がいつまでも燃えているようでは何かと厄介なのも確かだ。

 

本心からそう思う反面、生涯現役で頑張らねばという気持ちもまた否定できない。まさに迷走状態である。まあ、ボケ防止には役立っているはずだし、その発想や行動自体が私にとってはサプリみたいなものかもしれない。

 



本格的なお蕎麦屋さんもオヤジワールドを展開するには悪くない。蕎麦がき、蕎麦湯などのウンチクを語りながら、うどん派が多い若い人を相手に調子に乗っていられる。それ以前に私自身の胃腸に優しい。

 

赤ちょうちん系ではないちょっと高級な焼鳥屋さんや私にそこそこ知識がある郷土料理系の店、小洒落たホテルのラウンジなどもテキトーなウンチクを語りながら過ごすには適している。ロイホの料理のほうがウマいなどとは口にせずにいつもスカしている。

 



これから所帯を持つ可能性はゼロだし、考えてみればそうした行動は大いなるムダである。ムダという現実に昔から気付いているのにムダなことって楽しさと比例しちゃうからやめられないのだろう。

 

今の時代、コスパだタイパだとすぐに合理性追求こそ美徳みたいな風潮がある。それが大事な部分もあるが、そればかりだと味気ないし面白みに欠ける。

 

世の中、たいていの面白いことはムダがあってこそ成り立っている。それが真理だ。

 

このブログも「富豪を目指す」という旗は降ろして「大いなるムダを奨励する」ことを基本テーマに据えようかと思う。

 

思い切ってブログのタイトルから変えようかと思いついたのだが、ヘッダーとかの編集の仕方がよく分からないから当面はこのままでいきます…。