さすがに年とともにドカ食いをする機会がめっきり減った。もともと食道が広くて満腹中枢指令に問題がある私は、結構な大食い生活をしてきたような気がする。
中学生の頃、マクドナルドのハンバーガーを腹一杯食べさせろと母親にせがみ、とことん食べたことがある。ビックマック2つを含んで合計9個。かなり満足した。
100円マックなど無い時代、マックも決して安い食べ物ではなかった気がする。母親が想定外の出費に怒っていたことを思い出す。
いまでも、物凄く牛丼が食べたいときなら大盛り2個ぐらいは余裕で食べられる。多分並盛りなら3個は楽勝だろう。
2杯とか3杯と書かずに2個、3個と表現するのには理由がある。さすがに店内で大量に一人で食べるのは恥ずかしい。そのため、大家族を養っているかのような顔をしてテイクアウトをする。だから2個とか3個と書いたほうがピンとくる。
先日、久しぶりにちょっとした暴飲暴食をした。場所は池袋の高くない居酒屋。高くない店だが、ちょっとした料理類が美味しく、締めに本格的な手打ち蕎麦をバリエーション豊かに楽しめる店だ。
生ビールを2杯、その後は秋鹿という大阪の日本酒をアレコレ頼んだ。にごり酒、純米酒、純米吟醸など、製法ごとの違いを味わうという大義名分で痛飲してしまった。
食べたものは、刺身類は、しめ鯖とメジマグロ。これ以外に、この日は鯨を食べたい気分だったので皮鯨とさえずりを頼んだ。
前者は文字通り皮と身の間の脂が嬉しい部分で皮下脂肪の味わいが堪能できる。後者は鯨の舌、すなわちタンを茹でたもの。この日は両方とも酢味噌和えで食べた。
焼酎と合わせたかったが、いつの間にか、この店の酒メニューから焼酎が消滅しており、結局、冷酒の肴として楽しんだ。
出来たてを堪能できる海老の飛竜頭(がんもどきみたいな一品)も妙にうまかったので酒が止まらない。
ついでに穴子の白焼きも注文する。この辺から私の満腹中枢は機能が停止する。
酒がうまいせいで、からすみも頼む。これじゃあ酒は止まらない。普通の人ならこのあたりで満腹になるはずだが、いろいろムシャクシャしてたので、酒盗ももらって酒を飲む。
締めの日本蕎麦がウリの店に入った以上、私の単純な脳みそは「最後は蕎麦だろう」と決めつけている。満腹であることは忘れてしまっているから困る。
ここで難問。冷たい蕎麦か温かい蕎麦か、どちらかに決められない酔っぱらった私の結論は、「両方頼んでしまえば済む話だ」。
まず温かい蕎麦として、初挑戦の「釜揚げたまご蕎麦」を注文してみた。ゆであがって湯切りしたアツアツの蕎麦がボウルの中で溶いた生卵と混ざり合う。そこに熱いだし汁が麺全体に絡む程度に注がれる。
温かい蕎麦といっても、つゆがタップリ入っている蕎麦ではなく、つゆとタマゴの和え麺だ。麺の上にはシラスと鶏そぼろがトッピングされていた。
変な蕎麦ともいえるが、すこぶる旨い。生卵かけご飯が好きな人なら気に入るはず。でも結構ボリューム感があって、ようやく私も苦しさを感じ始めた。
そこに既に注文済みの次なる冷たい蕎麦、粗挽き田舎蕎麦が運ばれてきた。キリッとして旨い。多少、口の中に生卵的感覚が残っていたせいもあって、さっぱりした冷たい蕎麦は、満腹指令にお構いなく、ズルズルっと私の喉を通過する。
食道が人より広い人間はこういうときでも、むせたりすることはない。同じペースでズルズルっと私の胃袋は拡がり続ける
結局完食。おまけにトロリとした濃~い蕎麦湯がまた旨くてこれまたグビグビ。
これじゃあ痩せるわけがない。
2008年11月21日金曜日
ドカ食い
2008年11月20日木曜日
神田 その田 ひれ酒

極上のひれ酒をしこたま堪能する一夜を過ごした。
場所は神田にある「その田」。天然のふぐを鮮やかに料理する老舗だ。今年の春にも訪ねたが、シーズン到来を待って旧友3名で出かけた。
友人同士で天然ふぐを攻める、などと書くとリッチな感じだが、実はこの「その田」、中学高校の同級生が若旦那として活躍中。彼を頼ってお邪魔したのが真相だ。
独特な風情漂う神田界隈は、ぶらぶら歩いていても、うまそうな料理を出しそうな店が目に付く。神田多町の路地に構える「その田」も店構えからして「きっちり真面目に仕事してまっせ」的な雰囲気。
端的に言って「東京っぽい店」だと思う。
イナカモノ的流行追っかけ路線とか、無理やり演出した和風モダンみたいな店が嫌いな私は、奇をてらわずどっしり構える店こそ真っ当に旨いモノを出すことを本能的に感じる。こちらの料理も当然のように美味しい。
頭の中に「今日は天然のフグを食べに行く」という情報をインプットした以上、私の脳の中には「旨いぞ、旨いぞ」という期待がヨダレとともに強まる。
旨いことを期待して、旨いことを予定しちゃっている脳に対して、予想以上に「旨いなあ」という印象を植え付けるのは凄いことだと思う。
熟睡している亀田兄弟なら私でもノックアウトできるが、リングの上で構えている亀田兄弟には太刀打ちできない。
まったく変な例えだが、そういうことだ。
「旨いだろうな」と身構えている私が「凄く旨いなあ」と唸ってしまうのだから、単純明快に旨いのだろう。
こんな回りくどい表現をしたくなったのは、この店の唐揚げに感動したから。
携帯画像ではうまく伝わらないが、大きくブツ切りされたふぐの唐揚げだ。今年食べたものの中でも、間違いなくベスト5に入る美味しさだった。
下味の付け方、塩加減、衣の量や揚げ加減、すべてバッチリ。私には、すだちもまったく不要。そのままで完璧に完成している。カーネルサンダースに食べさせてあげたい極上の逸品だった。
ジューシーかつプリッとした身の感触が最高。また、軟骨周りや骨と筋肉をつなぐ腱のあたりだろうか、いわゆるコラーゲン関係も実に食感がセクシー。
養殖フグのコラーゲンは、べちょっとブヨブヨなのに対して天然モノは、プルプリッって感じで変な後味も一切無い。養殖と天然の違いがもっとも分かる部位のように感じた。
さてさて、ひれ酒だ。なんとも大ぶりのヒレを惜しげもなく使った酒飲みには感涙モノの一杯。あっと言う間に燗酒は色づき、色だけでなく、濃厚な香りが酒と絡み合って極楽気分。
この日は、やたらと燗酒とヒレをお代わりしまくって、約3時間ひれ酒を味わい続けた。すっかり酩酊。健康なことはつくづく有難い。
酔ったついでに、干しているヒレを見せてもらった。写真では分かりにくいが、思った以上に大きい。実際の海で泳いでいた力強さを感じる立派さだ。養殖物は小さいだけでなく、一種の奇形でいびつな形の物も多いらしい。
干して焼くことで相当縮んでしまうらしいが、この日、何度も出してもらったヒレは相当立派だったので、きっと富豪クラスのフグのヒレだったのだろう。
思い起こせば高校生の頃、早熟だった私にこの店の若旦那が、極上のヒレを進呈してくれたことがあった。
学校で人目を避けながらコソッと渡されたアルミホイル。怪しい取引のようだが、今はやりのクスリなどではない。中味は立派なふぐのヒレ。
大して呑めもしなかった私が「酒は熱燗に限るなあ」とかなんとか語っていたのを聞いて、気を効かせた彼が持ってきてくれた。
本物のひれ酒など知るよしもない私は、貴重なヒレを無駄にしてしまってはマズいとちょっとビビッたことを懐かしく思い出す。
あれから25年以上の年月が過ぎた。純情のかけらもない中年オヤジになったが、ひれ酒の味わいを堪能できる味覚と友人の有難さを痛感する感性だけは、あの頃より敏感になった気がする。
2008年11月19日水曜日
政治と門外漢
最近、政治家のブログがヒット数を増やしているらしい。中には人気芸能人ブログ並の注目を集めているものもあるそうだ。
国民の関心が政治に向いている端的な証だ。これも不況が原因だろうか。
寿司屋などでは、板前さんが、客との雑談で政治ネタ、宗教ネタは避けるという不文律があるが、政治ネタに触れない方がスマートという感覚が日本人には根強い。
軍国主義体験、学生運動の末路などのトラウマが国民性に影響していることは確かだろう。政治ネタを熱く語ることが、格好悪いこと、無粋なことという刷り込みが広範囲に浸透している。
インターネットや、ブログの急速な普及は、こうした政治への消極姿勢に確実に変化をもたらしている。増殖するブログは、ある意味、国民総記者時代の到来を意味する。
刷り込みによって政治ネタを語ることを封印されてきた人々の漠然としたうっぷんがはらされるツールになっている側面もある。
官僚機構が実際の政治の枠組みを支配し、誰が首相になろうと、どこが政権を取ろうと、国の在りようが大きく変わらなかったのがこれまでの現実だ。
凝り固まったこのスタイルが限界に来ていることを国民自身が肌で感じていることも政治への関心の高まりと深く関係している。
度重なる政権放りだしに続いて、選挙のために選ばれた首相は、経済問題をタテに唯一の役目だった解散のことも忘れ、何がしたいのかサッパリ分からない。
深刻な経済問題を前に、政治空白を避けるために解散が先送りされたところまでは一応、理にかなっているが、肝心の「その先」が見えないまま。
まさに「いまそこにある危機」への切迫感が感じられない政権運営に国民の困惑は深まり続けているのが現状だ。
最近、漠然と感じるのが、職業政治家の限界。麻生首相の行動パターンも結局、政治のプロとしての予定調和の上だけで成り立っているように見える。
先人の行ってきたパターンだけが、自らの行動規範になっているように見えるが、これって結局、祖父も義父も首相経験者という特殊な環境にある麻生首相の宿命的なものだろう。
目新しいことをしようにも、せいぜい、閣僚名簿の発表を官房長官にさせずに自分で買って出るぐらいのレベル。スーパーに出かけて買い物客と談笑したり、学生と居酒屋で懇談するようなパフォーマンスも、前時代的な狭い枠での思考のように思える。
先日急きょ行われた小沢氏との緊急党首会談もなんだかサッパリ意味不明。ケムに巻くような話を難しい顔をして語る姿は、確かに総理大臣ぽいが、結局、「既成概念の中の総理大臣」を演じているだけのように見えてしまう。
かといって、対抗馬である民主党の小沢党首も、これまた「政治のプロ」としての臭いがプンプン。ひょっとすると小沢氏がイメージする総理大臣像は、麻生氏よりも既成概念に支配されているかも知れない。
二世、三世議員ばかりが増える政治の世界は、過去の踏襲、前例重視の傾向がますます強まってしまう気がする。これこそが世襲の弊害だろう。
どこの世界だって偉大な先代のあとを継いだ者が、先代以上に活躍するケースは少ない。大半は小さくまとまってしまう。政治の世界でこういう縮小が生じれば国にとって悲劇だ。
国民の直接投票で大統領を選ぶ米国は、予備選を含めた候補者のなかで、もっともプロっぽくない人物を選んだ。プロっぽくない人物が選ばれる制度は、リスクもあるだろうが、閉塞感でどん詰まりのわが国から見ればうらやましい。
どんな分野でも改革に必要なのは、ただ一つ。思いきった決断だ。これができるのは、結局しがらみのない人であり、しがらみのない人って、結局その道のプロ以外の人ということになる。門外漢の知恵はあながち捨てたものではない。
今日は、微熱があるので、こんな楽しくない話をダラダラ書いてしまった。ちょっと疲れた。
外国人とか、高校生とかが政治をやったり総理大臣になったほうがいいのかもしれない。
最後は投げやりになってしまった・・・。
2008年11月18日火曜日
夜の貸し倒れ

繁華街がどことなく寂しい感じになっていることは以前にも書いたが、昨今の不況風は、夜の街から確実に活気を奪っている。
週刊誌などでも、銀座のホステスさんが不況で悲鳴みたいなノリの記事が増えているが、実際に客足は減り続けている様子。
私のような不真面目な客にも「いつ来るんだ?」、「早く来い!」、「何してるんだ!ばか」みたいなお誘いとか脅迫めいたお誘いが増えてきた。
その昔、ホステスさんの営業攻勢は、当然ながら電話が多かった。携帯の普及前は、彼女たちも会社宛に電話しなければならないわけで、それなりに面倒だっただろう。
いまはメールの進歩で、馴染み客に対して一斉に同じ文面を送れるわけだから、昔のホステスさんからすれば、IT化はうらやましいはずだ。
会社宛に電話がかかってきても、会議中だの不在だの、はたまた、取り次ぐ女性社員にあらかじめ伝達しておけば、最初からガードしちゃえた時代が懐かしい。
携帯にかかってくる電話は、おせっかいに誰からいつ連絡が来たのか記録されるので、すっとぼけられないのが困る。電子メールは、突然飛び込んでくるうえに、やはり受信記録が残り続けて気になる。
私の場合、営業されたから店に顔を出すパターンってあんまり無いと思う。ふらっと行きたいときに行くパターンが多い私には、あまり熱心にお誘いされても、効果がないような気がする。
ただ、営業メールのおかげで、忘れちゃってた店を思い出すこともあるので、まあ仕方ない話。いざ行ったときにノンビリくつろがせてもらうためには、営業攻勢に付き合うような浮世の義理も必要だ。
ホステスさん達も、いわゆる売上げ制の場合、店という場所を借りているだけの一種の個人事業主のような存在。コストも自腹、ツケで飲まれた分の保証も自腹。不況になるとツケの踏み倒しが結構悲劇を呼ぶらしい。
気前よく飲んでいたほうは、いざ払えなくなっても、無いものは無いと無責任に逃げる。ウイスキーの原価を考えて、あとは氷や水くらいなんだから、高額なお勘定とはいえ、店の損害は大したことないとタカをくくる客も少なくない。
確かに物理的な原価を考えればそう考えそうだが、取りっぱぐれになった金額は、そのままホステスさんが弁償するわけだから、原価うんぬんの話では済まない。なかなか厳しい話だ。
店の帰り際に、支払いもせずにスッと出て行くのは確かにラクだし、気分のいいものだろう。接待相手への気配りとかを大義名分にその場で支払わず後日まとめて支払う客は多い。
私の場合、あとから請求書が送られてくるのが単純に好きではないので、その場で精算する。同席した相手に気配りしたければ洗面のついでに支払えばすむこと。
だからおもむろに立ち上がって「それじゃ」ひと言、颯爽と店をあとにするような経験がない。いつもダラダラ。
ホステスさん達がちゃんと確定申告をしていればという前提つきだが、今度の申告シーズンには、夜の世界からの貸し倒れ損失の計上が爆発的に増えることは確実だ。
ついでに無防備な私への営業攻勢も不況とともに強まることは確実だろう。
2008年11月17日月曜日
尿酸値とレバ刺し
尿酸値が標準の範囲におさまっていた。ビックリ。血液検査から2週間ぐらい、あえて結果を聞かないで、その間、食べ納めとばかりにキモ類を食べていたが、今後もドシドシ食べられるようだ。
数値は6.9。最近は8とか9とかだったので実に優秀。一応7.0までがセーフで、医師によっては7.5までを許容してくれるらしいので、私の数値は立派なものだ。
無罪放免となった私が、まっさきに食べたくなったのが鶏のレバ刺し。自宅近所の焼鳥屋「T」に常備されている至極の逸品だ。
みるからに旨味タップリのその姿形に惚れ惚れする。ごま油で食べるのもアリだが、醤油にニンニクおろしとショウガとワサビをすべてミックスして食べると抜群。
もともとは、3種類のいずれかを好みで使うように用意してくれたものだが、全部混ぜると不思議と新しい味がして、極上レバ刺しにピッタリ。
このレバ刺し。クセはまったくなく、クリーミーなくせに後味はサッパリ、かといって淡泊ではなく、濃い甘みが口中に広がる。牛や豚のレバよりも軽くて飽きの来ない味わい。病みつきになる。
この焼鳥屋、素っ気ない作りの微妙な店構え。デートか接待とかに使えるような店ではない。汚くはないが、綺麗でもない。確か、以前は居酒屋だった店舗を居抜きで使っている。
皿やコップもビールメーカーや酒屋の試供品なんかが中心。極端にいえば、寝間着でもジャージでも行ける雰囲気。そういう店で絶品の焼鳥が食べられるのが面白い。
レバ刺し以外の焼きものも高レベル。銀座の某有名高級焼鳥店と実は同じ仕入れ先から鶏を調達しているわけだから、肉質は確実。安定的に美味しい。
物価高の影響でチョッピリ値上げしたが、焼鳥1本140円が160円になったぐらいの話。大勢に影響ない。メニューの値段を見ずにアレコレ食べまくってもお勘定の心配は不要。
携帯での撮影なのでうまく伝わらないが、ハツがまた旨い。。ぷりっとジューシーで、焼きすぎない加減がまた絶妙。銀座あたりなら1本500円は取られる。
レバだって生で出すわけだから、ササミなどは焼きもので頼んでもご覧のような半生状態で出てくる。私の場合、体重が気になるときは、ササミばかりいろんなパターンで食べるようにしている。
お次は、せせり。首の肉だ。鶏の動きを思い起こせば分かるが、ひょこひょこ首ばかり動かしているせいで、首まわりの肉は適度に筋肉がついている。味わうと実に締まった肉感が堪らない。これも私が必ず注文する1本だ。
これからの季節、この店に行くと、焼酎のお湯割りを片手にダラダラ食べて呑んで過ごす。家の近所という鎧兜を脱いだ場所だけに、いつもヘロヘロになる。
情けない格好で蛇行しながら徒歩5分かけて自宅にたどり着く。気を抜いて呑める店も大事な存在だろう。
2008年11月14日金曜日
おでん割烹 つみれ
銀座のおでん屋といえば「おぐ羅と」と「力」、「やす幸」しか行ったことがなかったので、新店開拓をもくろんで西五番街にある「おでん割烹つみれ」に行ってみた。
雑居ビルの上の方に構えるしっぽりした風情の店。カウンター中心だが、狭い店ではない。元は寿司屋だった店舗を使っているらしく、カウンターの居心地は悪くない。
忙しく働いているのは中年の女性ばかり。客層は大人が中心。新橋寄りの銀座とは違って、水商売系のお客さん出没率は低そう。
さて、肝心のおでん。透明というか薄茶色の関西風。黒っぽいおでんは東京から駆逐されつつあるのだろう。こちらも、いわばお吸い物系のおでんだ。
壁に掛かった短冊につまみや一品料理とともにおでんのラインナップが書かれている。
古典的なものから変わり種まで結構な種類。
お味はそれなりにオイシイが、個人的にはちょっとヌルい感じが気になった。店の雰囲気は特別上品ってほどでもないが、おでん自体は少し上品すぎる感じ。
かき、たまご、はまぐりのおでんを撮ってみた。少し単調な味付けだが、充分オイシイ。たまごは、画像の通り、半熟状態で出される。これはこれで旨いが、汁が染みこんだたまごのおでんとどちらがいいかは微妙なところ。
これ以外に、ごぼう天、海老シュウマイなどを食べた。店名通り、つみれが特徴的で、ここでは鮭、鰯、鶏の3種類が用意されている。
どれもそれなりに美味しかったが、印象に残ったのは、自家製しめ鯖とポテトサラダ、ぎんなんといったおつまみ。しめ鯖がとくに良かった。
気分よく飲んで食べてお勘定してちょっとビックリ。強気の値段。銀座のおでんというジャンルはそもそも独特の値付けが珍しくない。この店でもそこそこの金額を想定していたが、想像よりもお高い。
トータルバランスを考えると、悪くはないものの、何かグッと刺さるものがない感じ。個人的には「おぐ羅」の方が好きだ。
2008年11月13日木曜日
葉巻の時間
寒くなると葉巻愛好家にはツラい季節の始まりだ。強い臭いと煙のせいで、なかなか室内では楽しむところが少ない。私の場合、いろいろ工夫はしているが、やはり屋外で楽しむことが多い。
書斎代わりに占有している自宅の部屋には、葉巻を楽しめるように換気扇を2箇所つけて、ドアの下のわずかなすき間には目張りを貼って臭いが家中に漏れないようにしてある。
それでも、自分でふかしたくせに臭いが残った部屋は、なにかと居づらい。結局、ベランダにリクライニングシートを持ち出して葉巻タイムを過ごすことが多くなる。
真冬は、完全な防寒着を着込んで小1時間、葉巻と付き合う。手袋もアウトドア用の指先だけ出せるものを愛用している。葉巻を持つ指先はやはり素肌じゃないと落ち着かないせいだ。
ただ、この手袋、5本の指全部が第2関節から露出しちゃうので、本当に寒いときは、やはり寒い。こういうときは、人差し指と中指部分だけ先っぽを2センチぐらいカットした軍手を愛用する。涙ぐましい努力だ。
海外のネット通販で安くなっているキューバ産葉巻をまとめ買いするのが私のパターンなので、実は決まった銘柄ばかりがヒュミドールに貯まっている。
先日、そんな私にとって嬉しいプレゼントをいただいた。高価かつ珍しいキューバ産葉巻だ。
ロメオYジュリエッタのロブストサイズの限定品、その名もエディションリミターダとボリバーのゴールドメダル。とくに後者の方は味わったことがないので楽しみ。
調べてみたら、1992年に製造中止になったものの根強いファンの要望で復活した逸品らしい。長めのロンズデールサイズ。ハバナ産シガーの中でも圧倒的なアロマの強さが特徴らしい。
普段食べないガッツリ味のステーキでも食べないとこの葉巻を味わうには物足りないかも。
食後に楽しむ葉巻のために食事を選ぶほどのシガーマニアではないが、珍しい葉巻とか極上品を楽しむときには、そのぐらいのこだわりを持って向き合いたい。