2011年10月12日水曜日

誕生日とシャンパン


先週、誕生日だったせいで、何かと有難い思いをした。ありがとうございました。

中年のオッサンになると、ハッピーバースデイ!などと大声で歌われたり、耳元で囁かれたりすると小っ恥ずかしくてしょうがない。

ボケッと生きていれば、放っておいても誕生日は来るわけだから、ことさらお祝いとか言われても照れくさい。

と、思っていたのだが、今年は自分の感覚が少し変わった。「放っておいても誕生日が来る」こと自体が喜ばしいことだ。万事順調じゃなければ、小っ恥ずかしい思いすら感じることは出来ない。

事故で死んじゃった人、大災害に見舞われた人、それ以外にも難題や厄介事に見舞われていたら誕生日どころではない。そう考えると、あちらこちらで祝ってもらえることは非常に有難い。

順調に節目を迎えると、自分がなんとか日々を凌げていることを確認できる。それだけで充分意味がある。やっぱりめでたいことなんだろう。

「いい歳して、誕生日なんてどうでもいい」。もう何年もの間、そんな白黒な人生みたいな府抜けたことを思っていたが、これからは毎年、単純に喜ぼうと思う。そのほうが人生が彩られる。

それにしても、誕生日なのにどうしてアチコチに呼ばれて散財してしまったのだろう。なんか変だ。こっちが出ばって行って、お祝いモードに浮かれながら財布は軽くなる。ナゾだ。

まあ、イタリアあたりでは、誕生日を迎えた人が周りの人に何かしらプレゼントを配ったりするらしい。喜びとか幸せをみんなに分け与えるという考え方だ。私もそんな感覚で我慢してみた。

普段からイタリア人のように、調子の良いことばかり言っている私だ。自分の誕生日を祝ってくれる人々には欧州流儀で幸せを分け与えていることにしよう。

そんなこんなで、ここしばらく随分とシャンパンを飲んだ。ワインがさほど好きではない私だが、シャンパンは好きなほうで、食前酒だけでなく、食中酒としてもずっと飲むことが多い。


もともと、カヴァとかスプマンテの安物でも平気で飲んでいたシュワシュワ好きなので、シャンパーニュ地方の正当なものなら銘柄を気にせず喜んで飲んでいる。

奥が深い世界だと思うから、あまり興味を奮い立たせないようにしている。新しい趣味にお金を投入するほど最近は余裕がない。

ルイ・ロデレール、バロン・ド・ロスチャイルド。最近、気に入ったシャンパンの銘柄だ。泡の細かさ、後味の爽やかさともに申し分なし。前者はシャンパンの教科書のようにバランスに優れていて無条件でウマい。一番好きな銘柄になったかもしれない。後者は辛口加減がピリピリとキツい感じがしたが、硬派な感じで気に入った。

この7月に行ったパリで、昼夜を問わず歩き疲れてカフェに座れば、バカのひとつ覚えのようにグラスのシャンパンを飲んでいた。

銘柄は様々だったが、安っぽいシュワシュワでも平気だった私が、「正当なシャンパンの天然な感じ」に改めて魅せられた。そのせいで最近は安いスパークリングワインを遠ざけるようになった。お金がかかってしょうがない。

誕生日前後の数日、「誕生日の幸せを分け与える」崇高な使命を帯びて、銀座でもあちこちの店を渡り歩いた。散財もしたけど、プレゼントシャンパンも結構いただいてしまった。

有難い限り。プレゼントされるシャンパンは自腹で呑むシャンパンより美味いのはナゼだろう。人間の味覚なんてそんなものかもしれない。とはいえ、タダほど怖いものはないから、今後のお礼参りの連鎖にしばし頭を痛めるのかもしれない。

ちなみに、わが国では、シャンパンはお祝い酒としてのイメージが強い。乾杯酒とでも言おうか。最初だけ飲んでおしまい、みたいな使われ方が多いが、もっと「グビグビ飲み続ける酒」として認識されていいと思う。魚でも肉でも合うし、レストランで選ぶ際にも赤白のワインのようにワケの分からないワインリストを前に悩むフリをしないで済む。簡単で良い。

アマノジャッキーとして生きていたい私としては、ワインリストを前にソムリエのウンチクを有難がるタイプではない。いい歳した大人なんだからそういうたしなみも必要だと思うが、なんかウザったくてイヤだ。

ワインを語る際の比喩表現が、いかにも西洋語の直訳みたいで小っ恥ずかしくてしょうがない。腐葉土の香りとか、なめし革の香りって一体何だ?「地面に落ちた枯れ葉の香り」って一体何だ?私は地面に落ちている葉っぱをクンクン嗅いだりしないのでサッパリだ。

このあたりのイヤミな感覚が「素敵なナイスミドル」になれない私の弱点だ。

実はその昔、こっそりワインの勉強をしようかと思った時期もあった。ところが、まだ知り合った頃の現在の鬼嫁のおかげ?でスパッとやめた。鬼嫁様はソムリエ試験に合格してまだ何年も経っていない頃で、私がウンチクのカケラみたいな話をしようものなら10倍ぐらいの話をされて実に鬱陶しかった記憶がある。

そんな背中がムズムズ痒くなるような話を聞くのなら、缶チューハイを陽気に飲んでいた方がよっぽど心地よい。綺麗な女性と和食屋さんのカウンターで燗酒をチビチビやりながら「ワカメ酒、させてくれませんか」などという上品な会話を展開していたほうが楽しい。

そういえば、ワカメ酒という概念?はあっても、「ワカメシャンパン」は聞かない。ゴージャスな感じで楽しそうだ。

そういうアホみたいなことを妄想してしまうところが天下無敵のスケベオヤジだ。ちょっと反省。

新しい歳を迎えたことだし、ワカメシャンパンの夢でも見ながら生きていこう。

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