2025年3月24日月曜日

焼肉今昔

 



たいていの人は忘れてしまったが焼肉屋さんの雰囲気って昔は一種独特だった。例えて言うなら、つき合い始めて間もない若い男女が行くような感じではなかった。

 

叙々苑が人気になって牛角あたりのカジュアルなチェーン店が普及したことでいつの間にか風向きは変わった。高級とかオシャレとかそれまでとは違うノリの焼肉屋さんが一気に増えていった。今ではそっちが主流かもしれない。

 

それこそ私が学生の頃は「焼肉屋に行く男女はもうヤッている」みたいな下世話な都市伝説がまだ残っていた。バブルの前、昭和の後半まではそんな空気が確実に支配的だった。

 

当時の焼肉屋さんと言えば、薄暗い看板、煙も匂いも強めなディープな店が多かった。若かった私としては気軽にのれんをくぐると言うより旅先の見知らぬ店に飛び込むような緊張感を強いられた記憶がある。

 

個人経営の店が大半だったから、イメージとしては繁華街のちょっと外れや、細い路地裏にチンマリと構えている店が基本だった。モノトーン調の対極のようなオレンジや黄色の看板、店名の漢字もモダンなフォントとは無縁、全体にちょっと煤けた感じだった。

 

もちろん、そういうディープ路線のお店は下町あたりには今もたくさん存在する。個人的には勝手に「王道系」と呼んでいる。

 

イマドキのオシャレな焼肉屋さんは生肉をそのまま自慢気に出してくる。ヘタすると「ワサビ醤油でどうぞ」とトンチンカンなご提案?までしてくる。それはそれで結構だが、昔ながらの焼肉とは大違いだ。その点、王道系の店はたいていの肉がタレに漬け込まれた昔ながらのパターンである。

 

焼肉が食べたい気分なら断然タレにどっぷり漬け込まれた古典的な肉が欲しい。鉄板焼ともステーキとも違う「焼肉」というジャンルである以上、そっちのほうがシックリくる。あれはあれで一種の様式美だ。

 

そういう王道系の店のもう一つのポイントが焼き上がった肉につけるタレの味だ。昔ながらのタレに出会うケースが多い。私のボキャブラリーではその特徴を上手に説明できないのが残念だ。

 

いまどきの焼肉屋さんのタレは総じてベタっとした印象がある。味も甘ったるさばかり感じる。昔のタレはもっとスッキリしていた。

 

もちろん甘い味が基本だが、今よりも醤油感というか、みりん感というか、何かが確実に違っていた。とろみはなくサラっとしていた。ベタベタしていた印象はない。いつの間にかそういうタレに出会うことが無くなっていった。

 

昭和の後半からシェアを広げてきた市販の焼肉のタレの存在も影響しているのだろう。家庭用のタレはサラっとしているというより少しドロっとしているのが主流だ。いつの間にかそっちが“正解”になって新たな定番になっていったのかもしれない。

 

中央区民になった頃、新富町の外れにポツンとあるディープ路線の王道系「焼肉KAZU」という店で昔を思い出すタレに久しぶりに遭遇した。肉自体もかなりウマいのだが、タレが昭和50年頃にタイムススリップした懐かしい味だったので感動した。

 

それ以来、「黄色やオレンジの煤けた看板のディープな焼肉屋」に郷愁にも似た思い入れを感じるようになった。

 

一応ダンディー路線を目指す私だから、時には銀座あたりのきらびやかな焼肉屋にオネエサンを連れて行く。でも正直言ってそういう店の焼肉自体にはちっとも心は踊らない。一方で下町の煤けた王道系の店に行く際には「あのタレ」に出会えるんじゃないかとワクワクする。

 

妙に長い前フリになってしまった。

 

先日、浅草をぶらついたついでに王道系の焼肉屋に入ってみた。その名も「金楽」である。路地裏っぽい立地で看板はイメージ通りの黄色である。「焼肉」という文字のフォントも妙に懐かしい雰囲気だ。

 


 

タレに漬け込まれた肉を炭火で焼く。心のなかで「これだよこれ!」と叫ぶ。センマイ刺しのタレも甘ったるいイマドキ風ではなく酢の感じが強めで嬉しい。

 

最近はキムチも甘いタレをまぶしたようなやつが普及しているが、こちらの店ではザ・発酵食品と言いたくなるような酸味が強い本格派だった。すっかり焼肉を食べる機会が減った私だが、上記した「焼肉KAZU」だけでなく、こんな店が近所にあったら頻繁に通う気がする。



 

肝心のタレも良かった。サラっとしたすっきり系だった。さすがである。これが各テーブルごとに小さな甕に入ってすくい放題だった。

 

なにかにつけて昭和昭和と懐古趣味がもてはやされているが、焼肉の味というジャンルにおいてはこの店は昭和感バリバリだと思う。古い世代の人間には居心地バツグンだろう。

 



浅草に行くと洋食屋さんか釜飯屋さんばかり行きたくなる。でも目線を変えるとディープ路線の王道系焼肉屋さんがそこかしこにあるのも浅草の特徴だ。時代に媚びていないそういう焼肉屋さんを巡るのもオツだと感じたひとときだった。

 

 

 

 

 

 

 

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