言葉の重みという概念が揺らいでいる。こんなことを思ったのは、民主党の小沢党首がきっかけ。重要法案の裁決欠席で物議をよんだ小沢氏だが、新年を迎えての発言は、政権交代に向け「命がけで」とか「人生を賭けて」、「火の玉になって」とか強い言葉のオンパレード。でも、ドッチラケだった昨年の党首辞任騒動のせいで、どうにもその言葉に迫力を感じない。まるで刺さらない。
昨年の騒動では、一度は辞めると公式に宣言したにもかかわらず、辞意撤回会見での「ぷっつんしてしまって・・・」との釈明は、小沢氏のこれまでのイメージを崩壊させるには充分だった気がする。
政治記者を職業としているわけではないが、仕事柄、永田町界隈への出入りや付き合いがある私も、小沢氏については色々な風評や実績を耳にしており、それなりのイメージを抱いていた。ところが、あの辞任騒動をめぐるドタバタがあまりに幼稚だったので、自分の感度が鈍っていたのかと不安になったほど。民主党関係者に聞いたところ、あの騒動には周囲も本当に振り回されたそうで、複数の同僚議員が口にしていたのが「小沢老いたり」。以前に比べて“質的変化”が顕著だという感想だ。
対する福田首相は、御年71。頻繁な物忘れを週刊誌に書かれることでも分かるとおり、老いていることは確かだ。薬害肝炎問題でのマスコミ対応でも原告団に対して「お会いしても構わない」と発言した言語センスに呆れた。
今年初の国会での党首討論は、「刺さらない言葉」で追及する小沢党首に「ごもっとも」ばかり連発する福田首相という構図。迫力や重みとは無縁の世界に見えた。
言葉の重みに話を戻す。言葉が軽いか重いかは結局、発言する人間の「心」と「思慮」と「経験」にかかっている。上っ面だけで話す言葉は軽いし、感覚的に思ったまま口を出る言葉も軽い。背伸びした発言も当然軽くなる。その逆であれば必然的に言葉には重みが出る。
政治の世界でいえば、森元首相の失言癖などは思慮を欠いた短絡さが原因だろうし、安倍前首相も経験不足のせいか、その発言はいちいち重みがなかった。
その昔、答弁前の慎重さゆえに「アーウー宰相」と呼ばれた大平正芳氏、文字通り「言語明瞭意味不明瞭」と呼ばれた竹下登氏らの方が言葉の重みをしっかり認識していたといえる。言葉を選ぶからこその「アーウー」であり「意味不明」だったわけだ。
テレビメディアを意識した政治家は、昔より感覚的、短絡的に言葉を発するようになり、また、メディア受けしないと選挙に通らないような時代がそれを当たり前のことにしてしまった。その結果、なんでもかんでもお手軽になり、もっとも大事な言葉さえ軽くなってしまった。
小泉元首相の頃に拍車がかかった政治家の「言いっぱなし」、「ご都合発言」は、最近では問題視されることも少なくなってしまった。結局、政治への信頼はますます低下する。国民が信頼しない政治。そんなリーダーを持つ国が国際的に信頼されるのか、話はどんどん大きくなるが、そういうことでもあり恐いことだと思う。
言葉が軽いだけならまだしも、その言葉がいいかげんであれば、結局は嘘になる。
有名なイソップ童話が頭をよぎる。狼が出るぞと嘘ばかりついていた羊飼いの少年が最後には誰からも助けてもらえなかった話だ。
なんだか今日は暗い話に終始してしまった。
2008年1月16日水曜日
刺さらない言葉
2008年1月15日火曜日
ナイフとフォークとバニーガール
子どもの頃、有り難いことに頻繁にレストランのマナー教わった。それも銀座あたりのボーイさんが背後で直立しているような堅苦しいレストランに連れて行かれ、窮屈な思いを実践させられた。ナイフとフォークの使い方などは家にいても覚えられるが、高級店の空気感は、その場に行かないと分からない。昭和40年代にそんなことをしてくれた親は結構偉い。でも、前にも書いたように西洋料理好きなわが家では、和食系の訓練に落とし穴があったようで、いまだに私は箸の使い方が下手だ。
昭和40年代頃の小学生時代によく連れて行かれたのが、たしか銀座の三笠会館。休日なのに学校の制服を着せられ、窮屈な気分で食事をしたことを思い出す。食事をしている背後にはナプキンを片手に掲げたボーイさんが立ったまま待機している。落着きのない子どもだったので、その人が気になって仕方ない。つい振り向くと、ボーイさんは、口元だけ緩めるというか口の端だけをつり上げる独特の笑みを魅せる。ボーイさんには申し訳ないが、その表情がおかしくて、笑いをこらえる。
そんな断片的な記憶しかない。何を食べたのかもまったく覚えていない。でも、静かにすべき場所で静かにしていないとマズいということを体験することで覚えたのだろう。
また同じ頃、確か六本木にあったプレーボーイクラブかどこかのバニーガールがいる店に連れて行かれた。このとき、子供心に受けた衝撃は、きっと今の私の変態性にちょっと関係しているかもしれない。
普通は子供など紛れ込めもしない店のはずだが、その日は、確かクリスマスファミリーなんたらの日だったらしく、妖艶な空気はなく、バイキングにビンゴなど健康的に盛り上がっていた。思春期の入口にいるイタイケな私の前を闊歩する大勢のバニー嬢。もうビックリでしょう。胸元に挟んだライターを取り出し、大人の人々に火をつける仕草、お盆を持ってプリプリ歩く後ろ姿・・・。
目が点とはあういう状況を言うのだろう。恥ずかしくて平凡パンチとかを本屋さんで買うことすら出来なかった少年にとっては、興奮することすらできない唖然ボー然の世界。興奮というより衝撃という言葉の方がピッタリだった。
中年になった私が網タイツやガーター系に妙にソソられる原点はきっとあの日だ。あの日、子供心に感じたのは、大人の世界は途方もなく遠いところに存在するという現実。子供にはうかがい知れない世界への畏怖というか、憧憬のような感覚を味わった。
今の世の中、少子化のせいなのか、子供への過保護が目に余る。なんでも大人と同等扱いして、大人と子供の距離感が曖昧になっている気がしてならない。子供にとっての大事なことは、やはり、大人にはかなわない、住む世界が違うという現実を思い知らせることだと思う。大人が大きく見える行動を子供に示すことは大事なことだと思う。
なんか説教じみたことを書き始めたので軌道修正。
それにしてもあの日のバニーガールの衣装が忘れられない。あの日、あまりの衝撃に、大人になったらここで働こうと真剣に思ったほどだった。
2008年1月11日金曜日
呑むための部屋
家を造るとき、誰もが自分のこだわりを反映させたいと考えるもの。私がこだわったのが「呑み部屋」を作ろうということ。以前住んでいた家の和室を有効に使わなかった反省で、普通なら和室にする部分を思い切って「呑み部屋」にすることにした。
住宅計画にあたってお決まりのように設けられる和室。建売住宅だろう注文建築でも設置することが当然のように位置付けられている。とはいえ、リビングとダイニングがしっかりあれば、和室の使い道はあまりないのが実情だろう。誰かが泊まっていくときの客室代わりにするには使用頻度が少なく、お茶や生け花をやろうとしたって、しょせん1年中そのスペースを活かすわけでなく、結局中途半端なスペースになっていることが多いように思う。
ソファや椅子ではなく床に座ると妙にくつろぐ日本人のDNAは私にもある。要はただ漠然と畳をひいた部屋を作るのがいやだっただけで、わが家の呑み部屋には無垢のチークを床材にし、中央は、掘りごたつ式に掘り下げ、プレーンな座卓を設置した。
4面ある壁は珪藻土を使い、もっとも面積の広い面はオレンジ色の塗装にしてみた。天井材には東南アジアのリゾートで使われるような木材を選び、小型のダインライトを多めに配置し、すべて調光可能とし、気分で照明効果を切り替えられるようにしてみた。窓は極力小さくし、普段はナニック製の木製ブラインドでカバー、壁面には2カ所にぐい呑み陳列棚を設置した。
立体的なデザインの造作をアレコレ考えたが、担当だったインテリアデザイナーさんが「家具や飾りでアレンジすべき」と言って反対したので、その通りにしたが、やっぱりもっと遊びの要素を入れたかったと思う。
酒類をしまっておくための木製家具は、陳列棚に入りきらない酒器類をおさめるラックとともにバリ島の素朴な家具にして、飾りの類は、やはりバリで買ったグリンシンと呼ばれる布やアジアの骨董などをいくつか置いてみた。床へのベタ座りに不可欠な座布団は、タイの三角枕付のシルク製品を選んだ。
こう書いてみると、一時期流行したアジアンモダン的な感じだが、実際に出来てみると、それほど強烈にアジアンチックでもないのが不思議だ。結局、「ちょっと気取った和室」ぐらいな感じで、意気込んで「和室なんかいらないぜ」と言っていた割には、大したことはない。
家でしっかり呑むときはこの部屋を使うことにしていたが、よくよく思い返すと、ダイニングスペースであっさり呑んでることが多い。わが愛しの呑み部屋、実際には「鍋もの部屋」と化していることが多い。鍋はやっぱり地べたに座って楽しみたいので、結局、「和室」としての機能から脱していないのが残念。
2008年1月10日木曜日
大澤恒夫さんの器
釉薬を使わず、絵付けもしない。ただ土を整形して焼き上げる。備前焼を単純に表現するとこんな感じだ。こう書くと実に味気ないが、1300度もの高温で1週間ほどにもなる窯焚きの洗礼によって、備前焼の肌はドラマチックに生まれ変わる。
窯の中に置かれた位置、焼成時の温度や湿度、そして作者の計算と情念が混ざり合って器にさまざまな表情が生まれる。豪快で男性的な印象の備前焼が大好きで、随分と集めてきた。酒器を中心に壷や食器、花入れにいたるまで家中に備前焼がある。
中心的な産地である岡山県備前市伊部周辺にも何度も出かけた。陶芸家にも随分と会ったが、好きな作家の一人が大澤恒夫さんだ。まだ40代前半。陶芸家としては若手だが、子どもの頃から古備前が好きだったというモノズキだけに、作品の雰囲気も伝統と若々しさが合わさった感じ。
家業として陶芸家を継いでいる人であれば、個展デビューなども早くに済むし、販路も既に持っているが、彼のように地元以外から徒手空拳で備前焼の世界に飛び込んだ人間が、独立して活躍するには相当な苦労があったと思う。
実際に会ってみると、そんな苦労めいた雰囲気は感じさせず、かといって陶芸家の先生然とした変な空気もなく、実に実直で明るく気分のいい人だ。
工房兼自宅の周囲は、田畑しかない。いかにも淋しげな場所だが、彼曰く、夜に見上げる星空は圧巻で月見酒が最高だとか。流行の焼酎には目もくれずに日本酒を好む大澤さんだが、お気に入りの肴は、自宅周辺の素朴な自然そのものなのだろう。
大澤さんの作品の中でも、とくにいいのが徳利。鶴首型のフォルムは実にバランスに優れ、彼が畏敬する古備前の名品を思わされる美しさだ。晩酌のとき、彼の徳利を使っていると、ぐい呑みを手にしている時間より、徳利の丸味を帯びた腰の部分をなで回している時間の方が長くなってしまう。
彼の作品に限らず、備前焼は水に濡れたときの器肌のしっとり感がなんとも魅力的だ。お燗酒もいいが、キンキンに冷やした酒を徳利に入れておくと、いわゆる器が汗をかいた状態になり、肌合いは俄然変化する。
土そのものの風合、自然そのものの無骨な器が水という命を吹き込まれることで、途端に生き生きとした生命力を発揮し始める。
酒器に限らず、刺身を盛る中皿、珍味類を盛る小皿、季節の花を生ける花器などいずれも水につけてから使うと無愛想だった器達はたちまち艶っぽくなる。
平凡な日常の中のなかでも器という身近なアイテムにこだわることで気付いたり感じることは多い。外食と違って、家メシ、家酒の時ならではの遊びとしては、器道楽はオススメです。
2008年1月9日水曜日
大臣とお大尽
国会議員の資産公開がマスコミで話題になっている。率直に言って実にくだらない制度だ。
不動産は、時価とはほど遠い固定資産税評価額をベースにしており、預貯金についても定期預金のみが公開の対象。普通預金や家族名義で何十億円持っていようが、公開する必要はない。おかげで「預貯金ゼロ」という国会議員がゴロゴロいるふざけた内容になっている。
このお粗末な制度そのものの問題以上に気になるのが、金持ちに見られることを極端に避けようとする議員達の風潮だ。
そもそも資産公開制度は、地位を利用した不正な蓄財を監視する趣旨で設けられている。いつのまにか、これが「誰が金持ちか」という矮小化された話にすり替わり、皆せっせと目立たないように苦心している。おかしな話だ。
極端に言えば、貯金もないような貧乏な人間に政治などしてもらいたくない。もちろん、貧乏な階層の代表という役割は必要だが、そんな人ばかりじゃ困りものだ。皆が皆、「金儲けなんてしてませんよ」的な発想だったら気持ちが悪い。
「金持ちイコール悪」という馬鹿げたイメージは、どうにも始末が悪い。「自分はこれだけ成功して金持ちになりました。そのノウハウを税金の使い道にも応用したい」と言ってのけるような“お大尽”に出てきて欲しいもの。
昨夏の参院選当選組で公開資産額トップになった舛添厚労相は、感想を聞かれ「普通に働いてきた結果だからとくに感想はない」と淡々と語った。質問した記者からすれば、恐縮したり、バツが悪そうに返答する姿を期待していたはずだろうが、アテが外れた様子。個人的に舛添さんは、あまり好きなタイプではないが、自分が稼いできたことに変に卑屈にならない姿は潔い。逆にそんな当たり前のことで評価したくなる世相が問題だ。
政治課題の中でも経済分野は、ひと言で言ってお金の扱い方である。ビジネスで成功したお金持ちに活躍の場は与えるべきだし、またそれを声高にアピールするような富豪国会議員が登場してもらいたい。
2008年1月8日火曜日
登別 函館 寿司
昨日からの続き。
札幌の夜、満腹、泥酔でホテルに戻ってサウナに入ったら、真剣に心臓が危険な動きをしたので、慌てて寝た。朝はスッキリ目覚め、露天風呂とサウナで身体に活を入れる。サウナで一緒になった地元のガソリンスタンド経営者に延々と経営上の苦労を聞かされる。ウチの会社が手掛けているM&A仲介など事業承継サポートの宣伝をしっかりさせてもらった。お互い生まれたままの姿だったので名刺交換は出来ず。
お陰で長時間サウナに入っていられた。
知人に頼まれたカニを市場で物色し、タクシーの運転手と口喧嘩しながら札幌駅に向かう。タクシーの運転手は、やたらと観光客向け市場で買い物をする旅行客を小馬鹿にするかのような物言いを連発するので、そういう馬鹿相手に客待ちするのはもっと馬鹿だと教えてあげた。途端に不機嫌になって運転が荒くなったので、そんな運転では、観光客がはずんでくれるチップなんか貰えないよ。私も10円だってお釣りはあげないよと優しく諭してあげた。
今日は登別温泉に移動。雪見の露天風呂をイメージして、特急スーパー北斗に乗った。特急なら1時間ちょっとで登別に行けるし、真冬の景色を車窓から眺めようと楽しみにしていたが、雪がないから全然白くない。ちょっと残念。
このスーパー北斗はグリーン車に特徴がある。ピンぼけ写真で恐縮だが、見ての通り、一人掛けの席が用意されている。これはひとり旅にはもってこい。隣を気にせず快適な時間を過ごせる。Ipodのボリュームをかなり大きくしても、私が聞いているのがキャンディーズだということが周囲にバレる心配もない。
登別で泊まったのは巨大ホテル「まほろば」。大衆路線だが、新しく全体的に綺麗。何より巨大ホテルゆえに温泉大浴場が異常に大きい点がポイント。繁忙期だと大浴場の混雑にうんざりしてしまうことが多いが、ここは浴槽が何十個もある巨大スペースなので充分のんびり出来る。
基本的に一人宿泊を受付けてくれない宿なので、ネットで見つけた一番ベーシックなバイキングプランとやらを「大人2名」で申し込んでおいた。チェックインの際に、アレコレ言われるのも厄介なので、「連れはあとからきます」などとつぶやいて部屋にチェックイン。その後は大浴場に文庫本を持ち込み、ズーっと裸で過ごした。
さて夕食。大広間のバイキング会場。受付で「連れはあとからきます」と微笑む。用意された席に着く。ひとり旅が好きで、寂しさやわびしさを感じることはないが、賑やかなバイキング会場でひとりで食事をするのは、なんとも落ち着かない。
皿に取りたくなる食べ物があまりなかったので、とりあえずカニを食べて部屋に引き上げることにした。いつ冷凍されたのか分らないカニの脚をタラバ、ズワイ、毛ガニそれぞれ山盛りにして皿、いやお盆にゴッソリ載っけて席に着く。カニフォークの代わりに大きく重いハサミしか用意されていない点がホテルの度量の狭いところか。なるべく面倒にしてしまえば、カニが飛ぶように無くなることはないと思っているのかもしれない。
退屈まかせにせっせとカニ脚にハサミを入れ続ける。何度かに一度の割合で定期的に隣に座っている若いカップルの元にカットした破片が飛んでいく。何度も謝る。そのうち、若いカップルの方からもカニ脚をカットした破片がこちらに飛んでくるようになった。破片ラリー、結構楽しかった気がする。肝心の味についてだが、一応カニの味はした。
雪見の露天風呂計画は、温暖化のせいで不発に終わったが、硫黄濃度タップリの温泉成分を堪能して、健康的な夜を過ごして眠りに落ちた。
あくる日、早朝から温泉を満喫し、目的地の函館に向かう。函館でも温泉と寿司が目的だ。スーパー北斗で約2時間、湯あたりで熟睡していたので、車窓からの景色をあまり覚えていない。大沼公園付近で雪に覆われた景色が楽しめたが、函館市内に近づくにつれ、また雪のない光景になってしまった。残念。
昼過ぎに函館に到着。駅近くの「ひさご寿し」に直行。ここは各種の旅行ガイドブックに頻繁に載っている有名店。かといって、観光客相手のいい加減な大型店ではなく、上質なネタはもちろん、気のきいた一品料理も結構あり、居心地の良さはかなりのもの。函館にはこれまで何度も足を運んで、料理屋さんや寿司屋さんにも随分行ったが、こちらのお店は間違いないレベル。
昼からしっかり飲酒モードに突入。この店オリジナルのイカの正油辛とイバラガニの内子で肝臓の闘いがスタート。
正油辛は、塩からの変形で、自家製の醤油に鮮度抜群のイカとワタをつけ込んだ逸品。醤油のイメージとは違うまろやかさでやみつきになる。イバラガニの内子は、個人的にお燗酒に世界で一番合う酒肴だと思っている珍味。よくあるタラバガニの内子が黒紫色なのに対し、イバラの内子はオレンジ系で味わいも格段にクリーミー。文章で上手にあの味を表現できないことを心から懺悔したい。写真では、気持ち悪い物体のようだが、最高にうまい。
ツブ貝の刺身、カジカの刺身に続き、生の鯨ベーコンの炙りという一品を頼んでみた。塩コショウをしっかり振った生のベーコンを軽く焼いたこの酒肴は、焼肉屋さんで出てくる上タン塩と上カルビ(塩)を混ぜ合わせたような感覚。塩辛系、刺身類のあとで食べるととても良いアクセントになった。
握りは、ここでも鮭児、戸井産本マグロ、ボタン海老が抜群。北海道ならではの味わいで満足。そして、初めて食べたのが、タラの昆布締め。淡泊な味のタラを北海道産の上質な昆布を使って軽く締めてある。いい塩梅の味加減で想像していた味より遙かに美味しい。魚の味を感じられずに昆布風味だけかと思ったが、予想に反して、コブの味が強すぎず魚自体の旨みが引き出されていて素直に美味しい。生寿司ばかりのイメージがある函館で、ひと手間かけた寿司に出会えてビックリした。その他、イクラ、スジコ、北寄貝、内子の握りなどを食べた。全部旨い。
つまみ、握りともにここに書いたもの以外に1~2品づつ食べたような気がするが、昼間とは思えないほど呑んでいたので忘れてしまった。お勘定は諭吉さん1枚と一葉さん1枚でしっかりお釣りがきた。
酔い覚ましに街をふらつく。雪が無くてもさすが函館。寒い。寒いというか冷たい。1時間ほど散策して市街地からすぐの湯の川温泉に向かう。
函館・湯の川温泉は、函館駅からでも函館空港からでも車で10分以内で着いてしまう程度の距離にある。「日本で一番空港に近い温泉街」という点で昔からものぐさな私にとって大好きな場所だ。
東京から箱根あたりに行くのでも渋滞に遭おうものなら3時間ぐらいかかってしまう。その点、羽田から函館までは飛行機でほんの1時間。そこからタクシーで5分も行けば温泉宿にチェックインできる函館は、考えようによっては気軽に行ける別天地といえよう。マイルがたまったり、航空会社の株主優待券がくるとフラッと湯の川温泉に行きたくなる。事実、何度も来ている。
湯の川プリンスホテル渚亭。ここは砂浜の真ん前に露天風呂があり、カモメが羽を休める姿を見ながら入浴できるオススメの宿。一人宿泊もOK。夕食なしでの予約も可能だし、一人での部屋食にも対応してくれる使い勝手のいい宿だ。
寒風吹きすさぶ中で海辺の露天風呂に身を預ければまさに極楽気分。今回は年の瀬とあって、街場の飲食店も閉まっているところが多そうなので夕食は部屋で食べることにした。
昼間ガブガブ呑んだのに夕方のサウナでアルコールはすっかり抜けてしまった。晩酌のおともに昼の散策中に買っておいたイクラの醤油漬けと別注料理の毛ガニ姿茹でで相変わらずグビグビ。基本の料理がどんなものだったか忘れてしまうほどカニとイクラを食べた。尿酸値がどうなっているのかかなり心配だ。これだけやってどうして通風にならないのか不思議だ。
翌日、チェックアウト後に函館朝市のきくよ食堂で朝のうちから懲りずに生ビール大ジョッキ2杯。つまみはボタン海老刺し(8尾もあった)、ホッキ塩焼き(小)、イカ刺し。そしてウニ丼もかっこんだ。ついでに生ビール小も追加した・・・。
足の指がいつ痛くなるのか心配しながら帰宅。翌日の夜、懲りずに近所の寿司屋に行った。我ながらちょっと変かも知れない。きっと私の前世は、魚介類、魚卵類を欲しながら願い叶わず死んだ人なのだろう。
2008年1月7日月曜日
北海道 ススキノ 寿司
年末年始すっかりサボったブログの更新を今日から復活させます。
年末は、一人で北海道を旅してきた。旅してきたなどというと聞こえがいいが、アルコールと温泉が基本目的。札幌、登別、函館に1泊づつ。一面真っ白な雪景色を期待していたが、例年になく雪が少なく、ちょっと拍子抜け。札幌では一応雪が舞っていたが、銀世界といえるほどではなく、登別などは秋かと思うくらいな風情。函館では雪がちらつきはしたが、銀世界にはほど遠く、靴に装着する自慢の滑り止めゴムベルトも活躍する場面はなかった。
まず札幌。ホテルはススキノの外れにあるジャスマックプラザ。それなりの古めかしさはあるものの、繁華街で温泉大浴場付きという利点は、寒い場所柄、とても重宝。サウナも2種類あり、しっかりとした広さの露天風呂もあり、格式ばったホテルに泊まって窮屈なユニットバスを使うことを思えば天国だ。
最近は、札幌でも温泉大浴場付きのホテルが増えてきたが、ここの利点は、朝風呂もOKという点。JRタワー日航ホテルやプリンスホテル、ルネッサンスホテルなどにも評判の良い大浴場があるが、朝は入れなかったり、サウナがなかったり、はたまたホテルの立地自体の問題などでつい敬遠してしまう。ひとり旅という立場なので、このクラスのカジュアルさがかえって煩わしくなくて心地よい。
夜のススキノは年末だけに活気があった。お目当ての寿司屋にもお客さんが一回転しそうな時間帯を狙って出かけた。雑居ビル1階の奥まった場所に店を構える「寿し処・ふしみ」が目的地。夏頃ススキノをぶらついたときに店探しの嗅覚をとぎすませて見つけたお店だ。
基本的におまかせ中心で、黙っていても美味しいものが次々に出てくる。この流れの中で自分の好みやわがままを伝えれば、未知のものから意外なものまで堪能できる。
お寿司屋さんのカウンターは、席数が偶数であることが多い。混んでいる場合、店にとって一人客は厄介な存在だろう。そんなことを気にしていると、ついつい二人分、三人分でも注文するぞと意気込んでしまい、いつも食べ過ぎる。
この日もそれなりに混雑はしていたものの、お客さんがほぼ一回転していたようで、一人客でも居心地は良かった。
北寄貝のヌタ、海水ウニ、生だこ、タチ(白子)塩焼きをつまみにグビグビ呑む。幸せな時間はまだまだ続く。いくら、カレイをつまみにグビグビ呑み続ける。いい感じにほろ酔いモード。
続いて、北海道の正月名物のいずしが出される。肴を自然発酵させた、いわゆる馴れ鮨だ。このお店では、ハタハタが材料。これが抜群だった。酸味、甘み、旨みが一体となって、アルコール消費を加速させる。
お寿司屋さんに行ったら、つまみばかりでなく握りを食べながら酒を呑むことを10年位前から目標にしているが、相変わらずクリアできない。
続いて毛ガニ。半身を食べやすくほぐしてくれてあるので楽ちん。甲羅も半分しっかり用意されるので、たっぷりのカニ味噌でまたまたアルコールが進む。その後、卵焼きに加え、サメガレイという大ぶりのカレイの煮付けをちょこっと食べてからようやく握りに突入。この辺からの記憶は曖昧。
松皮ガレイ、鮭児、ボタン海老、本マグロの背の身、しめ鯖、ツブ貝などを食べた。全部美味しかったが、カレイは特別旨かった。白身の刺身といえば、鮮度と旨みが比例しないことが多いが、この松皮ガレイは、プリっとした新鮮な食感にジュワーっと魚独特の甘みと香りが加わってノドの奥に落っこどすのをためらう味でした。
ほとんど泥酔昇天しつつある私に大将が出してくれたのが日高産のますこの巻物。ますこ、すなわち、いくらより少し小ぶりな鱒の卵。これがスジコ状態で巻物の具になっている。甘めの醤油漬けイクラが定番の北海道で、このスジコはガツンと塩味。ますこ自体のネットリした生卵の黄身のような風味と塩味が混ざり合って、酒飲みにとっては最高の締めの一品となった。
書いてみると結構な量を食べていることを実感する。お酒も普段の三倍くらい飲んだような記憶があるが、お勘定は諭吉さん2枚でちゃんとおつりがきた。
その後、満腹中枢の故障により、なぜか目に付いた炉端焼屋に入る。頼んだほっけが焼き上がる頃に満腹感に気付いた。手遅れだった。目の前に巨大なほっけ。でも美味しかったので結局食べてしまった。後悔した。 明日に続く。