2014年2月26日水曜日

新宿という魔界


職場のある池袋のことを、このブログでは散々悪く書いてきたが、先日、池袋にホレてしまう事件があった。

とある日の夜、会社前の明治通りからクルマに乗る際にマフラーを落としたことに後になって気付いた。落としてから5時間も経った深夜、帰宅途中に念のため現場に戻った。

あるわけないだろうと思ったが、かなり高価なマフラーだったし、一応キョロキョロしてみた。

驚いたことにすぐに発見。現場横の蕎麦屋のノレンに巻き付けられているではないか。「なんてこった池袋!」である。

いやあ、この国はホントに良い国である。道に落ちていたマフラーなど無視して通り過ぎるのが普通だろう。

それをわざわざ拾い上げて、汚れない場所に結んでおいてくれる人がいる。何たる道徳観念の高さ、何と人情味あふれる国民性なんだろう。

美談?の現場である池袋を親の仇のように罵倒していたことを反省しないといけない。池袋バンザイである。

さて、東京の怪しい街といえば、池袋、いや新宿である。魔都・新宿だ。やつあたりみたいな話の展開だ。。。

池袋あたりじゃコソ泥とか変質者とか、ラリったオッサンあたりが「悪者地図」の主役である。たぶん・・・。

でも、新宿はそうはいかない。本物の殺し屋とかがゴロゴロ歩いていそうな気がする。

本格的な悪者が闊歩するようなイメージだ。池袋が日本のプロ野球だったら、新宿はメジャーリーグみたいな、そんなスケールの違いを感じる。

新宿に思い入れがある人、ゴメンナサイ。あくまで私的な思い込みです。

繁華街としての歴史や規模でいえば日本最大級である。全国に勇名をとどろかせている凄みがある。

以前、新宿区内のちょっとした住宅街に住んでいたのだが、旅先で宿帳に住所を書いたら「新宿って人が住めるんですか!?」と驚かれた経験がある。

そのぐらい凄み?があるわけだ。

で、何を書こうとしてたんだっけ。。。

そうだ。大繁華街なのに洒落た店とか接待とかデートに使えそうな店が見つからない話を書こうとしていた。

というわけで、ある日のこと。新宿でそれなりの夕飯を食べる機会があって、しばし店選びに難儀した。

歌舞伎町をウロウロして銃殺されるのはイヤだし、結局、ホテルメシという結論になる。

この日は最古参・京王プラザに出向いた。昔は広大な西新宿の原野?にこのホテルだけがニョキッと建っていた。昭和40年代のそんな光景をかすかに覚えている。

京王プラザの登場は戦後の高度成長期を象徴するひとつのシンボルみたいな感じだった。子ども時代には家族で食事に行ったり、なぜだか泊まったこともあった。

人気俳優・沖雅也がここから飛んじゃった時の衝撃も鮮明に覚えている。少年の頃、時々顔付きが似てると言われてコッソリ喜んでいたのに、その後、次々に出てきた「養父」とのスキャンダルのせいでイメージが激変。おかげで私も変なアダ名を付けられたりした。

さて、京王プラザといえば中華料理の「南園」である。有名料理人の多くがここ出身だと聞いたことがある。

仰々しくはないし、安っぽい感じもない。中高年にとっては居心地が良い雰囲気である。料理を取り分ける小皿も常に温かい状態で供されるし、質の高いサービスも大人向きである。

何もしないくせにサービス料を10%も取る店がゴマンとあるなか、成熟した老舗ホテルレストランは一味違う。しっかりしている。そういう部分はもっと評価されていいと思う。



そんなことより料理である。さすがに全部美味しかった。前菜から魚系、肉系、御飯モノ、デザートまでバッチリだった。

丹念に味付けがチェックされている感じ。やっつけ仕事みたいな要素はまったくない。一言で表わすなら丁寧。これって大事なことである。

ウヒョーって歓喜するようなウマさではなく、ゆっくりうなずきながらニッコリするウマさだった。


この画像は海老の塩卵炒め。カニ玉や天津丼とかのアッチ系の卵と海老が合わさった料理かと思って注文したのだが、まったく違った。塩漬けにされてカラスミにも似た雰囲気の海老の卵でプリプリの海老が調理されている。

酒飲みにはバンザイ!の味だった。こういうニクい料理を求めて、見知らぬ一品をオーダーすることが中華レストランの楽しみ方だと思う。

新宿には洒落た店、デートっぽい店が無いことを嘆いたが、西新宿エリアに行けばホテルメシの選択肢は豊富である。歓楽街としての魔都の顔の他に、そういう懐の深さを兼ね備えていることがあの街の強みである。

やはり池袋とは別次元である。比べること自体に無理がある。

それにしても、池袋と新宿について一生懸命考察している私は一体何をしたいのだろう・・・。

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