2014年4月21日月曜日

中華料理の魔力


今日は、というか、今日も食べ物の話。中華料理について四の五の書こうと思う。

ひとくちに中華料理屋といっても、街場にあるチャーシューワンタンメン880円の店もあれば、高級フカヒレ姿煮ラーメン8800円の店までさまざまだ。

大衆店から超高級店まで、まんべんなく日本人の食文化に浸透している点では、世界のどの国の料理屋よりも馴染み深い。

職場の近くにある気軽な中華料理屋に時々出かける。豊富な種類のランチセットに背を向けて、いつも私が注文するのは「豚肉もやし焼きそば」である。

妙にウマい。麺を焦がした部分も少なすぎず多すぎず、味付けも正しく?濃いめで嬉しい。

私は基本的に昼飯は食べないことが多い。でも、重度の二日酔いで朝飯を抜いた日とか、スサンだ状態になるとこの店の焼きそばが食べたくなる。

一度だけ夜に訪ねたことがある。あんなウマい焼きそばがあるんだから、他の一品料理も上等だろうと思ったわけだ。

結果は、二度と焼きそば以外は注文しないと誓うハメになった。

やはり、何を食べてもまんべんなくウマい店は希少な存在である。中華料理屋のようにメニューがバラエティに富んでいれば尚更だ。

高い値段を取る高級路線の店でも、名物料理はウマくても他の料理はイマイチというケースも多い。


先日、ガッツリ美味しい中華が堪能したくなって、ひょんなことから恵比寿・ウェスティンホテルの「龍天門」に行ってみた。

以前から評判の高い店である。私自身、10年ほど前にワンサカ食べて大満足だった記憶があるが、恵比寿に縁がなかったので、それ以来である。

いやあ、物凄くウマかった。それこそ何を食べても美味しかった。味覚なんてものは個人差があるはずだが、この日食べたモノは全部大当たりだった。

いくつか注文した点心も全部ウマかった。とくに大葉とエビのシュウマイが最高だった。


他にも、あんがかかった福建チャーハンもウホウホ言いながら食べた。この画像はネットから適当にパクってきました。スイマセン。

香港裏町風焼きそばと名付けられた一品も、ネーミング通りのジャンクな雰囲気に仕上がっており、独特な風味がクセになりそうな感じだった。

個人的に「何を食べてもまんべんなくウマい中華料理店」といえば、麻布にある「富麗華」とか銀座の「福臨門」が思い浮かぶが、私の中で、この「龍天門」のランク付けが急上昇した感じだ。

中国にちっとも思い入れはないのだが、割と頻繁に中華料理は食べたくなる。フレンチ、イタリアン、コリアン等々、「外国の料理」というジャンルの中で最も身近なのが中華である。

フカヒレだの北京ダックだのと聞くだけでヨダレが出る。ヨダレどころかすぐに食べに行きたくなってしまう。


龍天門に行った翌日には北京ダックが頭の中に浮かびっぱなしだったので、銀座の「全聚徳」に出かけた。北京ダックの専門店である。

北京ダック以外の料理は、まあまあという感じだが、そんなことはどうでも良い。ここの北京ダックは皮だけでなく身肉も一緒に食べるから食べ応えがある。


皮だけを小皿に盛って、砂糖をドバドバ降りかけて味わうのも全聚徳ならではのお楽しみである。

紹興酒とともに味わうと天国に旅立ったような気分になる。

肝心の北京ダックはウェイターさんがアレコレとトッピングを変えながらいくつも作ってくれる。

今回、大当たりだったのが、この店特性のXO醤を入れるバージョン。甜麺醤とケンカしないかと心配だったが、逆に複雑味が増して美味しかった。


作る人によって不思議と味わいが変化する。薄皮でダックをくるむ時の力の入れ加減というか、締め加減で食感は随分と変わるらしい。

なかなか奥深い世界みたいである。

ということで、ウマい中華料理を食べ続けたので、当然、体重が増えてしまった。因果応報である。

体重計の冷酷な数字が目に入った瞬間、中華料理なんて二度と食わないと心に誓った次第である。

2014年4月18日金曜日

瀬戸内海の春 生シャコ


春である。春は瀬戸内海で魚を食べたくなる。よく分からない理屈だが、ちょこっと岡山に行ってきた。


瀬戸大橋である。相変わらず雄大な姿に圧倒される。日本人はとてつもなく凄いモノを作ったものである。

完成時の日本中の熱狂ぶりも凄かった。20年ぐらい前の話かと思っていたが、記念碑を見てビックリ、もう32年も経っていた。

どうも最近、時間の経過に関する自分の感覚がヘナチョコである。

「最近」という言葉の意味、時間の幅がどんどん拡がっている。冗談ではなく、「平成」はすべて「最近」という感覚である。

この春、わが社に平成4年生まれの若者が入社した。卒倒しそうになった。私に言わせれば、つい最近生まれた人である。

その前にも若い女子とシコタマ騒いでアレコレしていたのだが、あとあと平成生まれだと聞いて複雑な気分になった。

肛門いやがられ、いや、光陰矢の如しである。

話がそれた。旅の話だった。


十数年ぶりに倉敷を散策した。岡山といえば、兵庫寄りの備前焼の里である伊部周辺に出かけることが多かった私だが、今回はそっち方面はパスした。

行けば行ったで、わんさか焼き物を買ってしまうので、万年金欠太郎としては、テキトーな散策で時間をつぶすことにした。

そうはいっても、倉敷にも備前焼の販売店がゴロゴロあったので、ついつい覗いてしまった。でも運良く、観光土産チックな商品が中心だったので冷やかすだけで済ます。


とかいいながら、渋い品揃えの店を見つけて珍しい発色の徳利を衝動買いしてしまった。黒備前の手法で注目されている40代の作家の作品。

個人的にオーソドックスな備前焼以外には興味が湧かないのだが、この徳利には一目惚れしてしまった。

備前の土に黒く発色しやすい別な土を塗って焼成しているのだろうか。景色が素晴らしい。口元の青い発色がなかなか出せないらしい。

掌で転がしながら眺め続けたい一本である。この画像を眺めているだけで、酒を飲みたくなる。まいったまいった。

さてさて、岡山で楽しみにしていたのが、生のシャコである。東京で生シャコを出す店など聞いたことがないが、瀬戸内海エリアでは割とポピュラーだ。

その昔、備前焼の里・伊部の寿司屋で初めて口にして以来、機会があれば食べたくなる珍味である。


想像以上に甘味が強い。エビカニ方面数々あれど、生で食べる時の身の甘さはシャコがトップレベルではないだろうか。

肝臓疾患がある人が食べると、ヘタをすると死んじゃうと聞いたこともある。今のところそこそこ元気な肝臓を持つ私としては積極的に食べておかないとなるまい。


握りで食べる前には、刺身でワンサカ食べた。冷酒と合わせて幸福の絶頂を味わう。画像は食べ散らかした後の頭の部分です・・・。

この店、下調べして訪ねた評判の良い寿司屋。生シャコ以外に、サワラや穴子など瀬戸内海の魚をいっぱい食べた。正直言ってオススメできるほどの店ではなかったので店名は伏せる。


生シャコ以外で印象的だったのは、名産品の黄ニラの握りぐらいだった。まあ、楽しくグビグビ飲んで酔っ払ったから満足する。

やはり、日本中からウマいものを集めている東京の寿司屋で好き勝手に食べていると、味覚が図々しく?なってくるのだろう。

地方に行っても余程珍しいものに遭遇しないと感激できない。若い頃は、地方の安酒場で出される魚にいちいち喜べた。あんな純真さはすっかり消えてしまった。

加齢のせいだけではない、流通事情の劇的な進化が「地方ならではの珍しいもの」をいつの間にか普及品にしてしまった面もあるのだろう。

帰りは高松空港から飛行機に乗る予定だったので、瀬戸大橋を渡って香川県に入る。

橋1本で結ばれているほど近距離だが、瀬戸大橋が出来て、たかだか32年で岡山と香川が融合するはずもなく、四国に入った途端、景色?が変わる。すなわち、岡山では見かけなかった「うどん」の看板ばかり目に入る。

高松は30年近く前に初めてふらっと旅した。当時、東京ではまず見かけなかった本物の讃岐うどんに驚愕した思い出がある。

あの頃、東京でうどんと言えば、「真っ黒つゆにフニャフニャの麺」が一般的で、讃岐うどんのシコシコ感は希少価値だった。

それにしても「うどん県」と名乗り始めた香川県の決断は凄いと思う。恥ずかしげもなくスッポンポンになって歌い出すような潔さである。

うどん関係者以外の県民にとってはオヨヨなネーミングだろう。でも分かりやすくて良い。投げやりというか、開き直りにも思えるが、とにかく英断だ。

確かにいろいろ考えても他の呼び名は無い・・・。


この写真は高松空港で見たオッソロシイ装置である。県内の名産品が陳列されているコーナーの一画に設置されていた。

冗談だと思って半信半疑で蛇口をひねったら、冷たいうどんダシが出てきた。実にビミョーである。美味しいとかマズいとかそういう問題ではない。単なる悪趣味だろう。

変なまとめになってしまった。

2014年4月16日水曜日

ニッポンの洋食


「洋食」。わかりにくい呼び方である。「和食」に対する意味ではフレンチやイタリアンなど西欧料理全般を指すが、明治以降に独自に進化した「ニッポンの洋食」という意味で定義するとニュアンスが異なる。

ということで、私は相変わらずコロッケ、エビフライ、オムライスといった「日本的な西洋風の料理」を意味する洋食が大好きである。

ハヤシライス、タンシチュー、カキフライ、ドリアにグラタン、コーンポタージュ等々・・・。そっち系の洋食である。

街を歩いている時にハイカラな書体で「洋食」と書かれた看板が目に入ったりすると条件反射でヨダレが出てくる。

考えてみれば、私のスペシャル大好物である「とんかつ」もポークカツレツというニッポンの洋食がルーツだ。

名前を日本風に変身させて、味噌汁や漬け物を脇役に陣取らせることで、純日本料理みたいな顔をしているが、あれも「洋食」のひとつである。

ウスターソース、トンカツソース自体が「ニッポンの洋食」のシンボルである。これをビシャビシャかけたくなる食べ物はすべて「洋食」だ。

ウスターソースは、明治時代に欧米から輸入されたらしいが、日本人の口には合わず、改良を重ねて現在の味に進化した。

世界に誇るべき「メイド・イン・ジャパン」の代表だと思う。作り出した先人に心から感謝したい。勲章とか国民栄誉賞をあげてもいいぐらいだ。

有名な老舗洋食店もいいが、適当に入ってみた街場の洋食屋さんがイメージ通りだと妙に嬉しくなる。


先日、西荻窪の洋食屋さんにフラッと入ってみた。三笠会館との関係を思わせる店だったが、メニューを見て、お手軽な価格設定に少し警戒した。

ところが、さすがに繁華街から離れた住宅街に佇むだけのことはある。充分に美味しい。いや、値段を考えればかなり優秀な店だった。

ビックリするほどウマいわけではないが、雑な定食屋とは異質な、「昭和の東京の正しい洋食の味」が楽しめた。

エビフライについてきたタルタルソースもウヒョヒョヒョだったし、ハンバーグのソースもじっくり丁寧に作られていて、自宅の近くにあったら頻繁に通ってしまうだろう。

店の向かいにあるデニーズのほうが断然混雑していたが、ファミレスよりもこっちの店のほうが職人の手作り感が強い。負けずに頑張って欲しいと素直に思った。

別な日、日本橋の「たいめいけん」に出かけた。常に混雑している1階席ではなく、コストパフォーマンスの悪い2階席に陣取る。

正直、2階席の価格設定は高すぎると思うが、ゆったり過ごすための差額だと割り切るしかない。

同じメニューでも3~4割料金がアップするのが2階席の特徴である。一応、素材や調理法を変えてあるとの触れ込みだが、その実態は私には分からない。

まあ、窮屈なスペースでせわしなく食べるより、シャンパンでも抜いてノンビリしたい時なら我慢しないといけない。

冒頭の画像はタンシチューである。口に入れるとニンマリする。ポーカーフェイスで食べ進むことが出来ない感じである。


エビフライも妙に高いせいだろうか、やたらとデカい。最近、エビフライに取り憑かれている私としては大興奮である。

タルタルちゃんもタップリブリブリである。眺めているだけで心が豊かになる。

画像を撮り忘れたが、名物のコキールサンジャックも美味しかった。なんだかキザな名前だが、単に帆立のグラタンである。

タルタルソースをべとべと塗りたくったエビフライにコッテリホワイトソースの帆立のグラタンである。

シャンパンをグビグビ飲み続けてしまう。
白ワイン好きなら、最強最高の酒のアテだと思う。

寿司屋で無理やり白ワインを飲むんだったら、こういう料理と一緒に味わったほうが健全かつ自然だと思う。

さてさて、メインイベントはオムライスである。こんなもの毎日食べたらコレステロール過多で早死に必至である。そのぐらい卵どっさりだ。



うやうやしく登場する時はチキンライスの上にオムレツがプルル~ンっと乗っかっている。

ひとしきりそのセクシーな姿を視姦したら、おもむろにオムレツをかっさばく。

ふわん、ポワン、ドシャ、ベロン、でろでろ~って感じで崩れたオムレツがチキンライスを覆い尽くす。辛抱タマランちん状態である。

専用のトマトケチャップをデロリと塗ってガッツリと頬張る時の幸せをどうやって表現すれば良いだろう。完璧なる幸福感である。

味なんてどうでもいい。その視覚効果、そしてドッサリ卵とケチャップとチキンライスが渾然一体となって、口の中に拡がるその事実だけでエクスタシーである。

摂生のために、ちょこっとだけ食べようと思うのだが、まあ無理である。あるだけ食べてしまう。

この手の店に行くときは、お相撲さん並みの大食漢でも連れて行ったほうがいい。じゃないと必ず食べ過ぎる。

それにしても、いわゆる「ニッポンの洋食」って無条件でウマいと思う。ミシュランの星付きとかの得体の知れない西洋料理の高級店でうやうやしく出てくる料理より間違いなくウマい。

でも、世間一般の目は、「得体の知れない西洋料理の高級店」ばかりモテはやす。ニッポンの心ともいえる洋食のエゲツないまでのウマさを声高に叫ぶ人が少ないように思う。

ということで、エビフライとかオムライスとか、そっち方面の爆裂的美味なる状況を今後もしつこく讃え続けていくことにする。

2014年4月14日月曜日

月の灯り



時々、夜の道を歩きながら月を眺める。

別にセンチな気分になったり、ロマンチストを気取るわけではない。ふと月が目に入ると意味もなくボケっと眺めてしまう。

その昔、月を見つめることが不吉と思われていた時代があったそうだ。平安貴族などは水面や杯に映した月を愛でたらしい。

ちょっと分かる気がする。

怪しげな月の光には人知を越えた力がある。吸い込まれそうな不思議な気分になる。

もう20年以上前に、「月の魔力」という本を読んだ。月をめぐる不思議なエピソードや具体的なデータが網羅された面白い一冊だった。

人間の身体は大半が水分で出来ているから、潮の干満と同じく、月の満ち欠けでさまざまな影響が出ることはよく知られている。

本の中で客観的なデータとともに紹介されていたのは、満月の夜に凶悪事件が起きやすいとか、狼男伝説も満月の夜に急に体毛が伸びた事例が起源になっているとか、実に興味深い話だった。

月見と言えば満月である。平安時代の人々が、直接月を見ないようにしていたことも理にかなっていたのかもしれない。

人工的な灯りが街中を照らす今の時代と違って、昔の人は自然との関係が濃密だったから、月への想いとか畏怖も想像以上に強かったのだろう。

ネオンなんかまったくない時代に、中秋の名月を見たら、かぐや姫伝説が生まれるのも当然だと思う。

ちなみに今月は明日が満月である。

満月の日には、感情が不安定になりやすいそうだ。大事なデートの予定がある人は延期をオススメする。

さてさて、月と言えば秋が代名詞だが、春の月もなかなか趣がある。

「朧月」。おぼろ月である。ボンヤリかすんでいる状態が「おぼろ」である。春は空気中の水分が多いから、月の光も潤んだように見えるらしい。

それなりに情緒があって悪くない。生暖かくなった今の季節、見晴らしの良い場所でボンヤリと月を眺めるのも一興だと思う。

冒頭に載せた画像は、何年か前に網走で見た月だ。

午後の遅い時間だった。流氷を見に岬に向かってクルマを走らせていた時に、やけに神秘的だったので思わず見とれてしまった。


月の表情は季節や場所で随分と変わる。この写真は函館の初夏である。津軽海峡に浮かぶイカ釣り船の漁り火を月が見学しているような光景だ。

携帯電話のカメラでもそれっぽく撮影できたぐらい空も海も明るかったことが印象的だった。


こちらはバリ島のリゾートにて。ビーチ沿いのレストランは月灯りが最高の装飾になっていた。昼間の灼熱ぶりと好対照な優しい光のトーンが綺麗だったから、頑張って一眼レフを手持ちで撮影した。


バルセロナの海に浮かんでいた三日月は、スマホで必死に撮ってみた。イマドキのスマホはなかなか頑張ってくれる。

もともと、月を撮影する趣味はないのだが、印象的な月が目に入るとついついシャッターを押したくなる。

本格的に月の撮影方法を研究して、新たな趣味にすれば結構楽しいかもしれない。

そうはいっても、神秘的な月に出会えたら、カメラをいじくり回しているより、肉眼でしっかり愛でたほうが健全な気もする。

なんだか話がまとまらなくなってきた。

ちなみに、やたらめったら願望が多い私だが、以前から憧れているもののひとつがナイトレインボーと呼ばれる夜の虹だ。

南太平洋やハワイ、日本でも石垣島とか屋久島あたりで見られるという究極の神秘的光景である。

満月前後の強い月の灯りが「地上における最高の祝福」と言われる現象を引き起こすそうだ。

死ぬ前に一度でいいから見てみたいものである。

2014年4月11日金曜日

嫌いなモノ・・・・

スパゲッティナポリタンである。イタリアには存在しない純日本料理?である。時々無性に食べたくなる。昭和の味である。

この日、ナポリタンがやたらと美味しく感じた。しばし理由を考えてみた。

そして気付いた。ピーマンが入っていない!実にお子ちゃま向けだが、その一点が美味しさの最大の理由だった。

筋金入りの野菜嫌いとして生きている私だが、年齢とともに若い頃の志も揺らぎ、時々野菜をムシャムシャ食べてしまうことがある。

そんな軟弱な私でもピーマンだけは一貫して忌み嫌っている。色もイヤだし味も最悪だ。

ピーマン好きな人、ごめんなさい。

その昔の人気番組「料理の鉄人」では、冒頭、鹿賀丈史が生のピーマンだかパプリカをかじるシーンがあった。アレを見ちゃうと、その後どんなウマそうな料理が出てきてもダメだった。

私の頭の中は「ピーマン生かじり」のブキミさだけが印象に残った。ピーマンは敵である。いや難敵と言ったほうが的確だ。

苦いからマズいのではない。「マズいのに苦い」のがピーマンの恐ろしさである。手の付けようがない悪徳ぶりである。

ピーマン。名前自体が気色悪い・・・。レタスとかキャベツ、トマトだったら音の響きも悪くないが、ピーマンって何だ?売れないミュージシャンみたいな響きである。

意味不明でスイマセン・・・。

チンジャオロースに入れてどんなに濃い味付けで調理してもピーマンの味と香りは消えない。あんなに自己主張する野菜は珍しい。

クソブスのくせに自己顕示欲ばかり強い最悪な女みたいな感じである。

クソブスで自己顕示欲の強い人、スイマセン・・・。

ということで、今日は最近の「嫌いなもの」をアレコレ書こうと思う。

極めて個人的な意見なのでご了承ください。

うーん、何だか書きにくいのだが思いきって書く。

「ふなっしー」。あれが大嫌いだ。恨みはない。好きな人、ゴメンナサイ・・・。

最近ますますメディアへの露出が増えている。目障りで仕方ない。何が面白いのかサッパリわからない。

「ふなっしー」そのものより、アレを面白がらなきゃいけないような世間の風潮が気持ち悪い。右へならえ!的な無思想な流され感がイヤだ。大げさだろうか。

子どもならいざ知らず、あんな気色悪い着ぐるみを大のオトナが、待ってましたとばかりに微笑ましい顔で見守っている空気がイヤだ。

百歩譲って冷静に見直してみたが、ちっとも面白くもないし可愛くもない。

もともと「ゆるキャラ」とかいう得体の知れない物体どもが好きではない。「可愛いでしょ?」というカマトト的いやらしさがプンプン漂っていて苦手だ。

ジブリの映画みたいな妙な気持ち悪さがある。

書いてしまった・・・。

ジブリ好きな人、ごめんなさい。

なんだかジブリ作品だと言うだけで、熱狂的に支持しなければいけないみたいな空気が漂っていないだろうか。

文句すら言えない大政翼賛会?的な、集団ヒステリー?的な、そんな雰囲気がメディア中に広まっているみたいで落ち着かない感じになる。

ゆるキャラと同じで、子どもが熱狂している分には気にならないのだが、オトナが大騒ぎして有り難がっている風潮が妙にひっかかる。

叱られそうだから話題を変える。

朝っぱらのワイドショーがこぞってやっている「占い」が苦手だ。自分の星座の運勢が最悪だと言われたら朝からイラつく。

占いコーナーになったらチャンネルを変えるのだが、しばらく経つとそこでも占いが始まる。せめて順位付けせずにそれぞれの星座のラッキーーカラーとか、良い点だけを紹介して欲しいものだ。

テレビと言えば、子どもに毛が生えたような女子アナがシタリ顔でコメントするのも気持ち悪い。

ニュースを棒読みするだけだって、落ち着いたオトナにやってもらいたいのだが、学生みたいなアナウンサーが社会問題について感想にもならないような感想を無理矢理難しい表情を作って話し出すとムシズがはしる。

こういう感覚自体が私自身の加齢の証明なのだろうか。時代から取り残されているのかもしれない。

ちっとも面白くないお笑いタレントが騒いでいるバラエティー番組もそうだが、世の中、高齢化社会と言いながら、テレビの方向は若者目線のままだ。

くだらない番組が多いからオトナがテレビから離れたのか、オトナがテレビを見ないからくだらない番組が多いのか、間違いなく前者だと思う。

さてさて、テレビ論を展開しても始まらない。

「嫌いなもの」の話だった。

「プロ意識のない人」。これも昨今、恥ずかしげもなく増殖している。

お金を取る以上、どんなジャンルでもプロである。こういう常識が通用しなくなっている。

レジ打ちの仕事だって、バイトだとしてもプロである。こんがらがって上司を呼んできて、その指導を仰ぎながら客を待たすなんてことは「恥」でしかない。

私の場合、そんなもんに文句を言うほど親切ではないから、おとなしく舌打ちしながら待っている。問題は、そうしたお粗末な展開をバイトも上司も恥だと思っていない昨今の空気である。

恥の意識がない人間は成長もない。「恥」を感じない人が増えていることに腹が立つ。

タクシーの運転手も同じ。「新人なもんで道に詳しくないんですよ」とか言われることが多い。本来、それ自体、プロとしてダメだが、ある程度仕方のない話ではある。問題は、図々しく堂々と居直っているヤツである。

そんなタクシーに当たると、我慢するのもイヤなので、とっとと降りることにしている。

誤解のないように言うが、たとえば、お茶の水から銀座だったり、池袋から新宿だったり、そういう単純なコースなのに、一切悪びれずにこちらに道案内をさせようとするヘタレの態度が気に入らないわけだ。

こんなテーマで書き殴っていくと際限なく文句をつらつら並べ立てそうだから、もうやめよう。

怒りっぽくなったり、偏屈になるのは、年を取った証拠である。

そのことに腹が立つ。

2014年4月9日水曜日

宗教とか畏怖の念とか


時代とともにバカ親が増えているそうで、学校現場はクレーム対応が重要業務になっているとか。

「いただきます」「ごちそうさま」というセリフにまで文句を付けるアホ親もいるそうだ。

給食費を負担している以上、そんなセリフを学校に言う必要は無いという屁理屈でねじ込んでくるらしい。

本来、「いただきます」、「ごちそうさま」という言葉は、作り手やお金を出してくれた人に言うものではない。

あくまで「命をいただきます」、「命をごちそうさま」というのが大元の語源である。

日本人の伝統的、習俗的な感性に基づく基本的な挨拶みたいなものである。学校に文句を言う筋合いの表現ではない。

日本人は古来、「八百万(ヤオヨロヅ)の神」を信じ畏怖の念を抱いてきた。一種の土着信仰的な宗教観だろう。

すべてのものに神が宿るという感性は、ことさら特定の宗教に依存するまでもなく、日本人独自の道徳心を高めることにつながった。

何百年、いや千年単位でつないできたそうした感性が日本人の規律維持や情緒面にまで影響をもたらしてきたわけだ。

ところが、敗戦を契機に、それまでの価値観が否定され、「旧式の感性=間違っている」という乱暴な図式で物事が片付けられる場面が増えてしまった。

敗戦からおよそ70年。アチコチでじわじわとヘンテコな事態が生じるようになってしまったのだろうか。空恐ろしいことだと思う。

宗教観というと大げさで誤解を招きかねないが、正しく畏怖の念を持つことの大事さを痛感する。

自然界の全てのものに神が宿ると信じてきた日本人の宗教観は、乱れた生活を正すために普及した西欧社会の宗教観とは大分違うのだろう。

墓参りにお寺に行って、その後でクリスマスを祝い、続いて神社に初詣に行く日本人の感覚は無節操といえば無節操だ。とはいえ、長い年月にわたって培ってきた宗教観を思えば、ある意味理解できる。

雨、風、星や月、野に咲く花や森の木々にまで「畏れ」を感じてきた日本人の感性からすれば、畏怖の対象は特定の神様に絞る必要は無いわけだ。

無宗教、もしくはそれに近いということを声高に言う人は少なくない。私自身もそんなタイプである。信心のカケラもない。

一応、実家の宗教は浄土真宗だが、それとて、戒律がゆるいことが先祖代々が檀家になっていた理由だろうと睨んでいる。

死を実感する年齢ではないからなのかもしれないが、自分の墓とか葬式のやり方なんかにも興味が無い。

肝心の自分が死んじゃってるのだから四の五の言っても始まらない。白州次郎だったか「戒名不要、葬式無用」と遺言したそうだが、さもありなんと思う。今のところ、それが本音だ。

アマノジャク感覚で言ってるわけでもなく、ひねくれ根性で強がっているつもりもない。

一応、日本人独特の「畏怖の念」みたいな感性は備えているつもりだ。

畏怖の念などと言うと難解な雰囲気だが、「バチが当たる」とか「お天道様が見ている」とか、そういう習俗的な畏怖心は人並み以上に意識している。

教育とか躾を考える時こそ、そうした「畏怖の念」を大事にすべきだと思う。

今日、こんな話を書こうと思ったのは、娘の中学の入学式でいろいろと思うことがあったからである。

キリスト教の学校に通っている娘は、4月から中学生になった。歴史のあるチャペルで厳かな雰囲気で行われた入学式に父親として参加したことで改めて「畏れ」の大切さを痛感した。

私自身、幼稚園から高校までカトリックの学校に通った。夏にはひんやりしていたチャペルに忍び込んで半裸で昼寝するようなアホガキだったくせに、どこか宗教的施設や行事に対する「畏怖」は感じていた。

キリスト教を信じる信じないという次元ではない。節目節目で「恐れ」とはまったく異質な「畏れ」という感覚を学び、味わったことは意味があったと思う。

日々、勝手気ままな言動を繰り返し、無宗教みたいな顔をしているくせに、「バチが当たる」などの日本的畏怖心はしっかり自分の行動規範に影響している。

私が持つ畏怖心がたとえ日本的土着宗教観に根ざしたものだとしても、やはり幼少期から長年叩き込まれたキリスト教教育が影響した面はあると思う。

スポンジみたいに何でも吸収する年代に、しつこく「目に見えないものへの畏れ」を言われ続けたのだから、キリスト教だろうが仏教だろうが、自然と宗教心みたいな感性は刺激されていたのだろう。

在学中はイタズラの罰として、しょっちゅうマリア像を磨かされ、宗教の授業は睡眠時間にあてていたアホガキが卒業してウン十年経ってから、こんな殊勝なことを思っている。

宗教教育、あとからジワジワ効き目が現れるのだろうか。

ちょっと不思議な気分だ。

2014年4月7日月曜日

インド料理


ここ20年ぐらいでやたらと増えたのがカレーの店だ。インド、パキスタンなど一応特色はあるようだが、ココイチとかとは違う、いわゆる本場っぽいカレー専門店だ。

わが社の近辺にも徒歩5分以内の範囲に3軒もある。どこもそこそこ美味しい。サラリーマンのランチに人気があるのも頷ける。

そのうちの一軒に時々出かける。複数のカレーを選んでサフランライスかナンをモリモリ食べて1000円程度だからバンザイである。

そう言いながら、私の場合、ランチメニューには無い「ビリヤニ」(炊き込み御飯とかピラフみたいなもの)を無理矢理作ってもらって、2ピースほどのタンドリーチキンをお供にガッツリ食べたりする。

アマノジャク精神のせいで、ついつい周囲の人と違うものを食べたくなるのだろうか。タチが悪い・・・。

四半世紀ほど前、インド料理屋さんは今ほど街中に溢れていなかった。私にとって時々出かける専門店は「ハレの食事」みたいな感覚だった。

デートの時もよく利用した。大学生の頃にちょこちょこ行った六本木の「モティ」では、やはり大学生だった長嶋一茂になぜかやたらと遭遇した。彼はいつも美人を連れていたことを思い出す。

他にも銀座の「アショカ」、「デリー」、渋谷の「ムルギー」などに出かけてヒーヒーフーフー言いながらカレーを食べていた。

麹町の「アジャンタ」は、通っていた学校に近かったから、子どもの頃に「アッチの本格カレー」を初体験した店でもある。

昭和50年代の話である。衝撃だった。辛さにビビっただけでなく、「母親のカレー」もしくは「ボンカレー」ぐらいしか知らなかった少年としてオッタマゲる味だった。

今もアジャンタには時々出かける。老舗中の老舗だけに、最近乱立したようなカレー専門店とは料理の種類や味わいの奥深さが違う。時々無性に食べたくなる。



銀座の「ラージマハール」も都内では結構古いほうだと思う。先日、10年以上ぶりに出かけてきた。

中央通りの雑居ビルの上の方に位置するこの店は、外からは想像できないほど広い。イマドキの喫茶店に毛の生えたような窮屈さばかり感じる店とは違い、ゆったり過ごせるのが良い。

タンドール料理と言うのだろうか、タンドリーチキンなどを作る例の窯を使った一連のメニューが美味しい。

タンドリー系のエビや魚の美味しさは、一等地に長く店を構える老舗ならではの安定感がある。エビもプリプリでシャンパンとか白ワインを合わせてグビグビ飲むのも悪くない。



カレーの種類も豊富である。昔ながらの専門店らしいクドい味付けである。こってり系が特徴的な印象がある。でも素直にウマい。ライスだろうがナンだろうが、ガンガン食べ進んでしまうような味だ。

二人で出かけたとしたら、それぞれが3種類のカレーが選べるメニューを注文すれば合計6種類のカレーが堪能できる。

ちなみにインドカレーを食べたい気分の時は、間違いなく空腹マックスの時である。

必然的にドカドカ食べてしまう。この年になるとあの手の料理をがっつり食べると胸焼けにつながるのが残念な問題である。

予防策は適量にとどめておくことしかない。でも、わざわざインド料理屋に闘いを挑みに行って適量で済ますなどという行動はヘタレの極みである。

全裸で横たわるセクシー美女に手招きされたのに、おでこにキスをしただけで帰ってくるようなものである。

そんな非常識で野暮なバカになるのはゴメンである。あんなこともこんなこともしないとマナー違反である。

ということで、店を訪ねるからにはアレコレ味合わないといけない。私の場合、食前に太田胃散をカッチリ服用して試合会場に臨む。そして、たらふく食べ終わったあとは、医者から処方されている胃散を抑える薬を飲むことにしている。

こんな工夫?を心がけるだけで、何とかその後は平穏でいられる。でも、そんな努力をしないと無事では済まない年齢になったことが切ない。


長嶋一茂も同じように苦労しているのだろうか。