30歳を過ぎた頃、突然「寅さん」が好きになった。凝り性な性格もあって、2か月ぐらいの間だったか、短期間のうちに全部見た。結構語れる。柴又の寅さん記念館にも行った。おまけに置いておいてあったアトラクションの寅さん関連クイズも全問正解した。
好きになった理由を考えてみた。もともと旅好きな性分、それもひとりで気ままに旅をするのが好きなので、48作品それぞれに漂う旅情の部分に強く惹かれたのだと思った。
でもそれだけじゃあなさそうだ。都会での仕事に付きものの、「闇雲に押しつけられる常識という枠」に窮屈さを感じていたことも大きな理由だろう。
納得できないことがあっても、よくよく根拠もなく「そういうものです」、「そうすることになっています」などと言われると時に無条件に納得いかない気持ちを引っ込めてしまう。そんな麻痺していく感性を癒したくなったのかも知れない。まっすぐで一本気な非常識を展開する寅さんに何かを投影したくなったのだろう。
実際、こうした部分が真面目な日本人にあのシリーズ映画が支持された理由だろう。だから大人になって初めて面白おかしく見られるようになった。若者が寅さんシリーズを好きだったら、その人はよほど偏屈だ。
嵐勘十郎演じる愛媛の殿様の末裔と知り合っても、「爺さん淋しいんだね」と語りかける。宇野重吉演じる人間国宝クラスの画家に「あの娘に似顔絵くらい描いてやったっていいだろう。ケチ」と説教する。吉永小百合扮する娘と絶縁関係にある高名な小説家には、「男女の色恋なんて不真面目なものを書いてちゃダメだ」と諭す。
ひたすら権威とか名声というものへのアンチテーゼとして寅さんの一本気が強調される。初期の頃に凄まじいセリフがある。寅さんファンの間では有名セリフだ。
「でめえ、さしずめインテリだな!」。
この開き直り方は芸術的だ。高度成長期のホワイトカラーに向けた強烈なメッセージだろう。人情や支え合いの気持ちより、ひたすら上昇することが優先された風潮への嘆きだ。
聞きようによっては、利益至上主義、なんでもかんでも合理主義がもたらした愛情の欠けた今の世相にも突き刺さるように思う。
負け組にはなりたくない。格差社会の底辺にもいたくはないが、かといって、ドライすぎる生き方を目指したくない人にとっては、寅さんの愛すべき破天荒ぶりは、型にはまった社会への警告に聞こえるはずだ。
なんか小難しい話になってしまった。そんなことより、寅さんの愛すべきもうひとつの要素は、その純情さだろう。大人になると純情な様子、純情な気持ちを表に出すことが難しくなる。なぜだろうか。恋に落ちても、それを相手に伝えることが難しくなる。本当だったら、その事実をせつせつと語りたいのだが、いろんな思惑があって悶々とする。
でも、若いうちならともかく、年齢を重ねるごとに図々しくなるのだから、純情な叫びは一生懸命表現した方がいい。でも、いざ表現しようとすると今度は相手が本気にしなかったりする。なんとももどかしいオトナの循環だ。
寅さんの純情ぶりは、恋に落ちたことを語ることすらできない幼い純情で、実にいじらしい。いじらしいから映画を見ている側を切なくさせる。
「今度あのコにあったら、こんな話しよう、あんな話もしよう、そう思って家を出ても、そのコの前に座ると、ぜーんぶ忘れちゃうんだ。そんな姿が情けなくて涙がこぼれそうになるんだよ」――。
見ている人にとって、どこか共感するというか、身に覚えがある感覚だろう。それを上手に言葉にしてくれる寅さんにおじさん達も皆共感する。
大人向けの映画だけに、大人の色恋沙汰についても、世間が常識と思っている枠をいとも簡単に突破する。三船敏郎扮する頑固オヤジが恋をしていることを悟った寅さんは、三船の娘(竹下景子)から、「だってお父さん、もういい歳よ」と言われて怒る。
「男が女に惚れるのに歳なんかあるかい!」。この一言がすべて。確かに、いい歳になったら恋をしないという世間の常識は、こんなひとことで崩壊するレベルのものだ。
常識や枠、しがらみに囚われない言動って結局、純情でなければ成り立たないのかもしれない。
話は脱線するが、ジャック・ニコルソンとダイアン・キートン主演の映画「恋愛適齢期」も中年女性が堂々と恋に突き進む「中年の純情」を描いたハッピーな作品。いい歳した男女が最後は結局髪振り乱して一直線に恋に落ちる潔さがなんとも痛快だ。いちおう中年側になってしまった私としては、ひいき目だが、ジャック・ニコルソンの方が、恋敵のキアヌ・リーブスより断然魅力的に映った。まあひがみ根性ではあるが。
なんか話にまとまりがなくなってきてしまった。要は、「中年こそ純情」というタイトルに合わせるようにダラダラ書き続けてしまった。着地点が見つからない。困った。
でも寅さんはいい。いくつになってもどこに行っても恋するお相手が見つかる。現実社会で生きる40代以上の大人達にとっては、出会い自体がなかなか無い。そんな相手に出会えたら、積み上げてきたあらゆる経験を味方に一生懸命に恋心を伝えてみたい。
結局今日もオチがなかった。病気だろうか。
2008年2月6日水曜日
中年こそ純情か。
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