2021年11月17日水曜日

博多の夜


先週末、福岡に行ってきた。今回も娘との二人旅である。目的はとくに無い。ウマいものを食べるぐらいである。

 

福岡は15年ぶりぐらいだろうか、ぐい飲みや徳利を調達しに唐津に出かけた際に立ち寄ったぐらいで福岡自体を目的に出かけたのは若い頃の出張ぐらいだ。

 

娘にとって福岡、博多といえば「もつ鍋」をイメージするらしい。私はオジサマだから「水炊き」を連想する。今回は父親の威厳が勝って水炊きのウマい店に行ってきた。

 


 

ミシュランにも載ったという「橙」という専門店に向かう。水炊きと唐揚げしかメニューにない潔さに期待は高まる。

 

私にとって水炊きといえば、新宿にある「玄海」がまず頭に浮かぶ。引っ越して新宿が遠くなったのでご無沙汰しているが「野菜を入れずに鶏肉だけ」という点が最高だ。

 

「橙」の水炊きも「鶏肉だけ」の状態で始まる。鍋奉行はお店の人が引き受けてくれるので安心。まずはスープだけを飲んでみる。

 


 

ややパンチに欠けるかと思ったがジンワリとウマい。後から知ったのだが、ここの店はスープを三段階で楽しませてくれる。

 

最初の一杯に続いては、キャベツ中心の野菜を加えてその旨味が加わったスープを第二弾として飲ませてくれる。

 

その後、やたらとウマいつくねを鍋に投入し、その旨味が加わったスープを第三弾として飲む段取りだ。

 




 徐々に味が変わっていくスープを味わうのは至極の時間だった。この段取りを守るために店員さんが鍋奉行を担当してくれるわけだ。

 

スープはさておき鶏肉のウマさが際立っていた。味の濃さ、食感ともに実に高レベルの肉でそれこそ毎日でも食べたくなるような味だった。

 



 

シメの雑炊も悶絶するウマさだった。もつ鍋派の娘も感嘆しっぱなしだった。私もうなり続けた。旅先の高揚感を抜きに冷静に思い返しても高水準の味だったのは間違いない。

 

さて、福岡といえばトンコツラーメンも忘れてはならない。今回は2軒の人気店を訪ねてみた。

 

抜群に美味しかったのが「二男坊」という店。トンコツ特有の臭みはゼロ。味はしっかりしながらまろやか。強すぎず弱すぎず万人ウケする絶妙な加減だと思った。

 


 

もう一軒は「一幸舎」。泡立つとろみのあるスープが特徴の店らしい。ここも美味しかったが「二男坊」の感動を先に味わってしまったから「まあまあ」ぐらいの印象になってしまった。

 

ちょっと塩気が強すぎる感じがしたが、こればかりは個人の好みである。小ぶりの餃子もウマかったし、チャーマヨ丼というジャンクな一品も良かった。チャーシューのマヨネーズあえ御飯である。

 



 

泊まったホテルは駅からすぐの都ホテル博多。最近出来たそうで屋上のスパエリアの評判が良かったので2泊してみた。

 

屋上露天のスパエリアは気持ちの良い温水プールとジャグジーが用意され、男女それぞれの内湯大浴場からつながっている。

 

寒空の下で温かい温水に浸かってホゲホゲするのは最高だった。ジャグジーは熱いぐらいで寒さをすぐに忘れるほど。

 

ムーディーな雰囲気で巨大な博多駅のすぐそばとは思えないリゾート感を楽しめた。

 

子供は入れないようで大人の空間である。客層はカップルや女子グループばかり。親子連れは我々だけである。ご愛敬だ。

 



 

福岡市街だけは面白くないので太宰府まで足を伸ばした。やたらと人出の多い天満宮をお参りして参道を冷やかしながらぶらぶらする。

 

近くにある光明禅寺の庭園が美しいということでそちらにも足を伸ばす。うって変わって誰もいないお寺で秋の庭の静かな風情をしばし楽しむ。

 

こういう場所に来ると「旅に来たな~」と感じられるから嬉しい。草木の枯れ果てた真冬の頃や夏の時期に蝉時雨を感じながら眺めたらまた違った風情を感じるのだろう。

 



 長くなってしまったが、最後は福岡最古の喫茶店「ブラジレイロ」に行った件。洋食が美味しい喫茶店とのことで立ち寄ってみた。

 

メンチカツが絶品という噂がきっかけで訪ねてみたのだが、あいにく品切れで仕方なくオムライスとドライカレーを注文。

 

どちらも昭和感ぶりぶりの料理である。「正しい喫茶店の食事」をワンランクアップさせたような幸せな味わいにちょっと感動した。

 



オムライスは見ての通りデミ系ソースの海に浮かぶシャれた佇まい。ドライカレーは古き良きニッポンのドライカレーそのもので、ご飯と混ぜ合わせてガツガツ食べるとタイムスリップしたかのような気分になった。

 

なんだか食べ物の話ばかりになってしまったが、今回の旅もオチは「飛行機が行ってしまった事件」である。

 

わずか2ヶ月前に札幌を旅した際も帰りの便を乗り過ごした。空港でダラダラ遊んでいたせいである。

 

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2021/09/blog-post_10.html

 

それから間もないのに今回もノロノロと保安検査場に行ったら「もう締め切りだぞ」との冷たい言葉を浴びた。ANAの係員に何とか掛け合ったがダメ。

 

運良く20分後ぐらいのスターフライヤーという飛行機に振り替えてくれるとのことでとくに被害?もなく機内に乗り込む。

 


たまたまその便だけかもしれないが、エコノミーシートはANA便より足元の空間が弘かったのでゆったりと過ごせた。

 

2回も続けて飛行機を乗り過ごすあたりが私のシャバダバなところである。旅慣れているとウソぶいてはいるが、単に図々しくなっているだけだと思う。

 

 

 

 

 

2021年11月15日月曜日

旅に出たいなあ


コロナのせいで旅に出られなくなって随分経つ。12泊の国内小旅行にはコロナ以降でも十数回は出かけたが、一週間以上のしっかりした旅には2年以上出かけていない。

 

若い頃は水中撮影のためにリゾート地ばかり選んだが中年になってからはヨーロッパをあてもなく散歩するのが好きになった。

 




 この画像はパリのオペラ座で華麗に舞う私とスペイン・グラダナで散策に励む私だ。顔は消しちゃったが実に楽しそうな表情をしている。

 

旅先での表情は普段とは別人のようにイキイキしている。まさに転地療法の効果バッチリという感じである。別に病気ではないのだがそんな言葉がピッタリだと思う。

 




毎年のようにヨーロッパに足を運んでいたが、この2年は計画すら立てられない。今の私は「ヨーロッパ行きたい病」にかかっている。

 

最後に出かけたのはクロアチアとポーランドだ。マイレージをアホほど貯めているので無料航空券でちょくちょく渡欧できるはずだったから斬新?な場所を選んだ。

 

スペインやイタリアのほうが断然好きなのにわざわざワルシャワの街を散策したのが最後だ。

 

ワルシャワの人には申し訳ないが、何年もご無沙汰する前の最後の滞在地だと分かっていたら間違いなくワルシャワは選ばなかった。

 

ヨーロッパの楽しみは何てことのない路地をブラブラ散策することに尽きる。あの風情の中に身を置くことが妙に楽しい。

 





 

上の2枚はスペインのトレド。時間が止まったような路地で迷子になるのが楽しかった。下の2枚はバルセロナでの夕方の景色。ヨーロッパの夜の色合いはどこか独特な風情がある。

 

夜に限らずヨーロッパ特有のあの雰囲気は街全体から感じる色味によって醸し出されていると思う。

 

パステルカラーを多用するような景色もあるが、やはり印象に残るのは落ち着いたトーンの渋みのある色味だ。

 




 イタリアのボローニャの煉瓦色の街とイギリス・ロンドンの街並みだ。暗いといえば暗いがこの落ち着いた色味が「哀愁」という言葉を思い起こさせる。

 

あてもなくそんな街をぶらぶら歩く私の頭の中にはいつもサンタナの「哀愁のヨーロッパ」のリフが鳴り響いている。いつもの隅田川沿いの散歩の際には決して流れてこないメロディーだ。

 

https://www.youtube.com/watch?v=TiXCgTTGk5Q

 

世界的に見ればまだまだコロナ禍は収まっていない。今だけをみたら日本が世界一安全といえるような状況だから、気軽にヨーロッパに行けるのはいつになるのだろう。

 

行けないとなるとやたらと行きたくなるから困ったものである。ヨーロッパ用と言ってもいい私のマイレージは今も貯まり続けている。

 

時々国内線で使ってちょこっと減るのだが、普段の光熱費や買い物でもマイルが貯まるからすぐにリカバリーする。

 

ついでに言うと、マイレージによる無料航空券が旅の基本になってしまったせいで「新幹線に乗れない病」にもかかっている。

 

旅の移動は無料という習慣のおかげで新幹線代がバカ高く感じてついつい敬遠している。

 

昨年京都に行った際もわざわざ飛行機で伊丹まで飛んだ。東京駅までタクシーで5分程度の距離に住んでいるのに実にバカみたいである。

 

日々ムダなことに散財しているくせに新幹線代をケチるのもヘンテコだが、北海道や九州にタダで出かけるクセがついたから新幹線が必須の名古屋方面に行きたくてもなかなか行けない。


ヨーロッパの話を優雅なフリして書いてきたつもりが何だかポンコツなオチになってしまった。

 



2021年11月12日金曜日

私の銀座物語


このブログでも過去に何度か書いてきた銀座のおでん屋さん「おぐ羅」。2年ぶりにふらっと訪ねた。

 


 

残念なことに店の大看板だった大将がかなり前に亡くなっていたそうだ。82才だったとか。何とも切ない気持ちになった。

 

私にとっての「銀座物語」が一つ終わってしまったような気がした。

 

大柄で押し出しの強いタイプの大将はいつもカウンターの真ん中でどっしり構えていた。おでんの前に一品料理をアレコレと勧めてくれる大将の“圧”が一種の名物だった。

 

私は正直に言うとおでんがあまり好きではない。でも渋いオジサマを目指そうと力んでいた30代半ば頃にこの店の存在を知り、通を気取った中年になりたくてポツポツと通うようになった。

 




 丸椅子に座らせるおでん屋さんというカテゴリーなのに安くはない。でも一品料理は居酒屋とは一線を画す仕上がり。季節ごとにウマいものが揃っている。

 

客層も“分かった大人”が中心で銀座っぽい店の筆頭だろう。20年ぐらい前はとくにそう感じた。どこぞの業界のフィクサーみたいな風貌のお爺さんやキリッとした風情のダンディーなオジサマが多かった。

 

まだ30代の私などヒヨッコみたいな気分で小さくなって座っていた。時々通うようになって何年か経った頃にちょくちょく大将と世間話を交わすようになった。

 

そんな何でもないことが嬉しかった覚えがある。客として認定?されたというか、いっぱしのオジサマ族に仲間入りしたような気持ちになった。

 

あの頃、夜のクラブ活動に夜な夜な励むようになり、銀座という世界に対して知ったかぶりばかりしていた。そんな私にとってクラブ活動でチヤホヤされるより渋い料理屋さんで常連扱いされることのほうが正しいオジサマっぽくて嬉しかった。

 

銀座らしさを漂わせながらちょっとばかり敷居が高そうなお店でしっぱり飲むことにこだわっていた。それが絵になるようなオジサマを目指していたのだろう。

 

たかがおでん、されどおでん。おぐ羅の雰囲気はまさにそんな感じ。オジサマ族の入口にいた当時の私にとっては「銀座イコールおぐ羅」だった。

 

その後、大将とは何度も野球談義に花を咲かせた。往年の学生野球で活躍した人だったから面白い話をいっぱい聞かせてもらった。

 

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2012/04/blog-post_27.html?m=0

 

大将は大谷翔平の今年の活躍を見ずに亡くなったそうだ。その日、大谷の話題で盛り上がるつもりで訪ねた私としてはただただ残念としか言いようがなかった。

 



献杯のつもりでお店自慢の銅(錫だったかも)のヤカンで燗をつけた日本酒をしっかり飲んだ。昔から変わらぬまろやかな味わいが心にも染みる。

       

この店に来て外せないのが名物の薬味たっぷりのカツオのタタキだ。薬味たっぷりの理由はカツオを食べ終わった後におでんの豆腐を投入するためである。相変わらず絶品だった。





 店の隅に置かれた亡き大将の写真を時折見ながら自分の“銀座史”を思い起こす。一人しみじみそんな時間を過ごした。感慨深い時間だった。

 

一時期、おぐ羅で食べた後は道を挟んで向かいにあるクラブ「麻衣子」に出かけるパターンが多かった。移動距離10秒である。

 

おぐ羅での献杯に飽き足らず、当時を思い出しながら「麻衣子」に顔を出す。地下の店に入るなり漂ってくるお香の香りにまめに銀座通いをしていた頃を思い出す。

 

この店に初めて来たのは20代の終わりの頃だ。銀座デビュー?の店である。よく分からないまま迷い込んだのがきっかけだった。

 



全然行かない時期も結構あったが、時々訪ねると妙に落ち着く。お店がどう思っているかは知らないが個人的にはホームみたいな気分になる。

 

10年以上前にもこの2軒をハシゴした話を書いていた。私にとって定型パターンの一つだったみたいだ。

 

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2008/10/blog-post_29.html

 

気付けばいっぱしのオジサマを目指して力んでいた日々も随分と昔の話になってしまった。

 

今ではいっぱしのジイサマになれるかどうかを考える年齢になってしまった。


肛門屁の出口、いや、光陰矢の如しである。




2021年11月10日水曜日

「脂」をめぐる葛藤


緊急事態宣言中でもアルコールを提供していた某店。宣言解除後、どこでも飲めるようになったら一気に客足が引いてしまったとか。なんとも切ない話である。

 

私自身もどこでも飲めるようになった今はアチコチご無沙汰していた店に行き始めているので、宣言中にお世話になった店に行く頻度が減った。

 


 

アルコールを出してくれることを死ぬほど喜んでいたのに、人間の記憶なんていい加減なもので、その頃の感謝はすぐに忘れてしまう。

 

あの時の有難かった気持ちと義理を大事に思ってそうした店にはマメに通いたいと思う今日この頃である。

 

上の画像はとくに意味は無い。たまには色っぽい画像を載せないと読んでくださっている皆様に申し訳ないので何となくアップしてみた。人間いくつになっても色気のある行動を忘れてはいけないと思う。なんじゃそれ。。

 

色っぽい画像といえば、このブログでも数年前は銀座あたりの綺麗どころの悩ましい画像を載せていたが、夜の銀座にすっかりご無沙汰しているので、新たな“作品”がなかなか撮れない。諸行無常である。

 


 

一応、この23ヶ月の間もポツポツと訪ねる機会はあったが、以前に比べれば激減した。かといって私のお財布事情が特別改善されたわけではないのが困ったものだ。

 

さて、外食の話である。このところ焼肉屋に行く機会が多い。出がらしみたいな牛丼の肉は大好きなのに焼肉となると途端に牛肉が重く感じるようになって随分経つ。

 

今ではすっかり赤身肉しか食べなくなったのだが、高級路線の店は赤身肉でも結構なサシが入っていてちょっとしか食べられない。つくづく加齢を痛感させられるようでイヤな気分になる。

 



 

チャンジャやナムル、キムチに韓国海苔あたりを肴に焼酎ばかり飲んで過ごすのも体重管理上は悪くない。でも、肉を10枚ぐらい食べないと何となく負けた気がしてシャクにさわる。

 

先日訪れた銀座の「ひむか」という焼肉屋さんでオジサマ向けの嬉しいツマミに遭遇した。東急プラザに入っている高級路線の店だが、一品メニューが多くて使い勝手が良い。

 

普通のユッケとウニが乗ったユッケがあったので両方注文する。ウニユッケがなかなかニクい味だった。じっくり飲む時には絶好のツマミになりそうな感じだった。

 



焼肉といえば20代の半ばぐらいまではカルビばかりガンガン食べていた。あのエネルギーはどこに行ってしまったのだろう。

 

空腹で眠れない時は一人クルマを飛ばして街道沿いの深夜営業の焼肉屋に入り「カルビ4人前、大盛りご飯をおかわり」を通常のルーティンかのようにこなしていた。それでも苦しくならなかったから若さって偉大だと思う。

 

高校生ぐらいの頃は千円ちょっとで食べ放題みたいな怪しい焼肉屋にも随分行った。そういう店のカルビはほとんど真っ白。すき焼きの鍋に塗る牛脂をただスライスしたような感じだった。

 

それでも喜んでバンバン食べていた。カルビ以外の肉も腐りかけているような変な色だったが、それもウキウキしながら食べた。胸焼けとは無縁だった青春時代の思い出である。

 

思えば寿司だっていつのまにかトロが苦手になり、ノドグロと称しているビチョっとした脂っぽい魚も苦手になった。安い鶏肉のブヨっとした皮も気付けば嫌いになってしまった。

 

あんなに好きだった「脂」が今では親の仇のような存在になってしまったことが残念である。なんだか世界が狭くなっていくような気がする。

 

こればかりは今から鍛え直すのは無理なのが悔しい。

 

 

 

 

 

 

 

2021年11月8日月曜日

新庄劇場に期待したい


オフシーズンになったから「大谷翔平ロス」に陥っている。今年は彼の活躍のおかげでやたらと楽しい思いができた。コロナ禍の中の英雄と呼んでも大袈裟ではない。

 

まもなくMLBの最優秀選手が発表されるが間違いなく彼で決まりだ。万一、MVPに選ばれないとしたら人種問題みたいなバカげた理由しか考えられない。ほぼ100%決まりだろう。

 

先日放送されたNHKスペシャルで取材に応じた大谷翔平は、来年は今年の成績が最低ラインになると当然のような様子で語っていた。今年の歴史的活躍をいわば当然の結果と受け止める向上心の凄さに改めて感心した。偉大だ。

 

さて、野球界の話題といえば新庄劇場だろう。彼を監督に招へいした日本ハムファイターズのセンスは大アッパレだと思う。赤いスーツにトンデモナイ襟高のシャツを着て監督就任会見に臨んだ彼はまさに大スターだと思う。

 


 

北海道に移転してからのあの球団の経営努力は画期的だ。いまや市民球団として成功を収め、かつて後楽園球場を”間借り“していた頃のシャバダバな雰囲気はどこにもない。

 

日本のプロ野球には入らないと宣言していた高校生の大谷翔平をドラフト会議で一本釣りをして二刀流でメジャーに送り出す素地を築いたのも日ハム。まるで活躍できなかった斎藤佑樹に引退試合を用意してあげるイキな計らいをしたのも日ハムだ。

 

昨年、48才でトライアウトに参加して現役復帰を目指した新庄を古巣の日ハムなら客寄せパンダとして契約するかと思ったが、こんな形で新庄劇場をプロデュースするとはなかなかニクいことをしてくれる。

 

宇宙人だのパフォーマンスだけだの新庄新監督は変人イメージが付きまとう。旧態依然とした体質のプロ野球界でそんな人物を監督に抜擢するわけだから賛否両論もある。

 

とはいえ、選手時代の新庄は短い現役生活ながら安打数は1500を超え、ゴールデングラブ賞は10回も受賞している。大選手と言える。

 

日本のプロ野球はナゼか昔から現役時代の実績ばかりにとらわれて監督を決める悪習が根強い。メジャーリーグに比べると実に前時代的だと思うが、その点では新庄だって実績なら充分だ。

 

ちなみに前任の栗山監督は現役選手時代に目立った活躍はなく、引退後の評論家活動で名を上げた印象がある。監督就任前は大学教授までやっていたわけだから就任時は随分と異端視もされた。

 

それでも10年間も監督を務めたわけだからその点でも日ハムの固定観念にとらわれない独自路線は面白い。日本球界の監督選びも日ハム球団を見習って新鮮さを重視するほうが楽しいと思う。

 

思えばレジェンド長島監督だって、第一次監督時代の後は10年以上も野球界から距離を置いていた。「スポーツ好きな面白いオジサン」としてカールルイスとじゃれ合ったりアフリカで野生動物と戯れていた。

 

それでも監督復帰後はジャイアンツを何度も優勝させた。野球界から離れてぷらぷらしていた新庄監督を異質だと決めつける必要は無いわけだ。

 

敬遠のボールを打ちにいってサヨナラヒットにしたり、オールスターで前代未聞のホームスチールを決めたり、数億円のオファーを蹴って年俸2千万円でニューヨークメッツに入団して4番を打ったり、新庄劇場は野球ファンを驚かせ続けてきた。

 

監督という立場でどんな野球を見せてくれるか楽しみで仕方がない。来年は大谷に加えて日ハムの戦いぶりという楽しみが加わったことが嬉しい。

 

ちなみに私は東京生まれだから自然と巨人ファンでいる時間が長かった。ところがヘンテコな補強ばかり繰り返し、ヨレヨレの成績でも監督が“教祖”かのように振る舞っている現状をみると、ちっとも巨人野球を見たいとは思わなくなった。

 

巨人と日ハムを比べると、まるで斜陽の重厚長大型企業と勢いのあるベンチャー企業のように思える。野球を愛する一ファンとしてどちらを見たいかといえば当然後者である。

 

来年は新庄ファイターズの野球を心から応援したい。

 

 

 

 

 

2021年11月5日金曜日

3L、4Lの寝間着


 パジャマを着なくなって何年経つだろうか。たぶん40年以上は着ていない。スウェット、Tシャツ、トレーナーといった部屋着を寝間着兼用にしている。

 

子供の頃、パジャマのボタンが面倒で仕方なかった。その後遺症?でボタンのない部屋着をパジャマの代わりに着るようになった。

 

外出する時はそれなりにパリっとした格好で気取っているが、家の中にいる私はかなりヘンテコな格好をしている。人様には見せられない。

 

基本は「超ユルユル」である。ウェストのゴムを引っこ抜いたうえに全部が伸び伸びになってしまったような古いスウェットなどはほんの数歩歩くだけで膝までズリ落ちてくる。

 

デリバリーの食事を玄関まで取りに行くときは悲惨な格好になる。多くの場合、部屋着の下はノーパンだからフルチン状態になってしまい慌ててスウェットを持ち上げて商品を受け取る。

 

朝、ラジオ体操をするにもすぐにスウェットがズリ落ちちゃうからフルチン体操に励むことになる。物凄い光景だと思う。

 

時々スウェットなどの部屋着を新調するのだが、たいていはAmazonでテキトーな安物を買うから気に入らずに履かずじまいになって古いお気に入りばかりを愛用してしまう。

 

不自然なくらいダボダボなやつが好みだ。寝ている時に少しでもフィットした感じがするとストレスになる。寝返りをうった際にお尻付近の布が引っ張られるようだとイライラする。

 

私の場合、普段着はだいたいXLが標準である。部屋着兼寝間着の場合、もっと大きいサイズが欲しい。最低でもXXL2Lや3Lを着用する。大きければ大きいほど快適だ。もちろん見た目はヘンテコだ。

 

ネットでテキトーに買うと2L表記なのに普通のLぐらいのインチキモノに出会うこともある。正しい2L、正しい3Lを探して、それが洗濯乾燥機でちょっと縮んじゃうことも想定して買うようにしてきた。

 

そんな私が最近出会ったのが、あのユニクロのネット通販である。店舗では巨大サイズを置いてあることはないが、ネットでは3Lや4Lが普通に揃っている。

 




 

おまけに思っていたより安い。1000円ぐらいの商品がゴロゴロある。試しにスウェットを買ってみたのだが、肌触りは良いし、縫製もそれなりにしっかりしている。

 

今まで気付かなかったことを後悔している。数々買ってきたネットで見つけた怪しい部屋着の残骸を眺めながら、とっととユニクロの軍門に下っていれば良かったと痛感している。

  

それにしても、ファストファッションというジャンルが普及するまで、洋服類の値段は随分高かったように思う。

 

若い頃にタカキューだのミツミネだの普及品中心の店に行ってもどうでもいいような服が結構な値段で売られていた。洒落心を出してデパートの中の気の利いた専門店に行こうものなら結構な散財をするのが普通だった。

 

デフレが続き、安いものが溢れるようになったのは一消費者としては結構なことだ。でもその背景にはいつのまにか先進国の中でも低所得者だらけの貧しい状況になったこの国の現実が横たわっていると思うと複雑な気持ちになる。

 

まあ、ここで経済問題を真剣に語っても仕方ない。今更ながらユニクロが“ニッポンの標準”になっている世相が身に染みる。

 



何だかんだいってユニクロの部屋着はとても快適である。寒くなる季節に向けて部屋着兼寝間着を一新することにした。結局、ここ1ヶ月ぐらいの間に3回もネット通販を利用した。

 

こんなところにも自分の凝り性ぶりが発揮されている。

 

 

 

2021年11月1日月曜日

食の記録


週刊新潮で大昔から連載されている著名人の食生活を紹介するコーナーが好きだ。ナゼか熟読してしまう。

 


 

中高年が登場することが多い。各分野の皆様が普段どんな食べ物を元気の源にしているのか覗き見できてちょっと楽しい。

 

雑誌に載るわけだから間違いなく実際よりも“美調整”されているのだろうが、朝などは結構同じものばかり食べている人が多い。

 

最後に栄養士が採点している部分がちょっと鬱陶しいが、健康的な食べ合わせのヒントなども学べるから仕方なく全部読む。

 

週刊文春のエロ小話の連載と並んで私が欠かさず読んでしまうコーナーである。結局、「食とエロ」にしか興味が無い人間みたいでシャバダバである。

 



話を戻す。

 

毎日の食生活をしっかり記憶することは大事なことだろう。私は実践していないが、レコーディングダイエットとやらも記録することが大前提である。一週間分の記録を並べて見れば良し悪しはしっかり分かるはずだ。

 

私の場合、家庭料理を食べる機会が無いから採点されれば間違いなく落第点だ。まあ、何をもって良し悪しを決めるか怪しい気もするが、朝からマックのパンケーキをムホムホ食べているような人が高得点になるはずはない。

 

友人が営む居酒屋で健康的に焼き鳥を食べるつもりが、気付けばバターをドカンと載せたステーキを食べ、コンビニスイーツを買うのを我慢したくせに甘味処で砂糖の塊みたいな逸品を食べている。

 



 

とはいえ、時には身体のことを考えて、冷や奴や冷やしトマトのようなヘルシーメニューをわざわざ注文して一人、悦に入ってニンマリすることだってある。

 

時には血迷って?ほうれん草のお浸しなんかを食べちゃうこともあるのだが、酔いが進むと塩辛をこんもり盛ったじゃがバターが目の前にあったりする。

 



 さてさて、話は変わってラーメンである。ラーメン好きの人々はスープをしっかり飲み干す。その不健康な感じはなかなか立派である。

 

私はあまりラーメンを食べないほうだが、時折無性にチャーシューメンが食べたくなる。チャーシューが目的みたいなものだからスープにはそんなに関心が無い。

 


 

好き嫌いの話ではなく、これだけの肉と麺を食べたらスープまでいけない。いわばスープまで頭が回らないほどチャーシューをドカドカ食べたいわけだ。

 

先日、職場からほど近いラーメン屋さんに行った。東京駅の地下にある東京ラーメンストリート内の「支那そばや」。

 

ラーメンマニアの友人がチャーシュー好きの私のためにわざわざオススメしてくれた店だ。「金華豚チャーシューメン」がウマいらしい。

 

おまけにチャーシューが単品で追加できるようで、そちらは「平田牧場三元豚」だ。合わせて2千円である。富豪級だ。

 



 変な時間に行ったからすぐに座れてすぐに出てきた。ファストフードなのに待たされるという意味不明な事態は避けたい私にとっては有難い。

 

正統派醤油ラーメンが素直に美味しい。肝心のチャーシューも薄味ながら肉肉しい食感と旨味が感じられて悪くない。正直、金華豚と三元豚の味の違いはさほど感じなかった。

 

ラーメンに入れるより、よくあるチャーシュー用のタレをかけて炊きたてご飯にバウンドさせながら食べたい感じだった。

 

勧めてくれた友人は“ラオタ”だから、こんな感想ではガッカリされそうだ。ごめんなさい。

 

肉と麺だけガシガシ食べてスープはちっとも飲まずに終わった。その点については間違いなく私の勝ちである。

 

よく分からない結論になってしまった。