2008年5月12日月曜日

人の振りみてナントカ

ひとり酒の楽しみは自分と向き合って自分の内面と語り合う。なんてことはさらさらない。単にものぐさが高じてマイペースで過ごしたいだけの話。そうはいっても、ひとり酒ならではの楽しみも確かに存在する。

楽しみのひとつが盗み聞き。趣味の良い話ではないが、カウンターで呑んだり食べたりしていると、ついつい人様の話に耳を傾けたくなる。かなり面白い。

毎週土曜日の夕方、東京FMで流れている長寿番組がある。「avanti」という架空のバーを舞台に、バーテンが進行役になり、客同士が盛り上がっている話に聞き耳をたてるという設定の番組。

客として登場する人々は特別有名人というわけでなく、特殊な趣味を持っていたり、珍しい場所を旅してきた人など多種多様。グラスや氷のカランコロンとした音色や低く流れるジャズをBGMに、その人のちょっとしたウンチクに耳を傾けるスタイルだ。

確か10年以上前から続いている番組だ。どうってことのない話の魅力は聞いていて疲れないこと。この番組、機会があれば聞いているが、いつの間にか話の内容自体を忘れしまうほどのさりげなさが気に入っている。

話がそれてしまった。私自身の実際の聞き耳の話だ。カウンター越しの店主と馴染み客の話の場合もあれば、肩を並べた親父同士の愚痴合戦を聞くこともある。悪趣味だが楽しい。

最近、とても印象的だったのは、新橋寄りの某鮨店で遭遇した絵に描いたような同伴カップルの会話。

男はでっぷりとしたたたき上げ社長風。女性は20代半ばの素人っぽさを売りにしている感じの中堅ホステスさん。どうやら、この二人、同伴は初めての様子。

ちょっと遅れて店に到着した社長。物凄く低姿勢かつ執拗にわびている。

「君の貴重な10分をムダにしてすまない」。

こんなセリフが聞こえてくるから私の耳はダンボになってしまう。そして遅れた理由を“多忙な自分”、“自分がいないと物事が回らない”ことだと力説する。

その後、さりげなく自分の会社の自慢が続き、ようやく自分自身のPRタイムに突入。

「僕ほど優しい男はいない」。

聞かされている女性の方は上手に肯定してあげている。社長満足。

その後、近く予定している札幌出張の話に変わる。多忙なはずの社長だが、札幌出張では、いかに自由時間が多いかを熱く語る。そしてお決まりの「一緒に行こう」攻撃へ。

笑ってかわされる。社長撃沈。まだ知り合って間もない様子なのにそりゃ無理だろう。女性の方も笑ってかわすしかない。でも社長の表情は真面目に落胆気味。ちょっと可愛い。頑張れ!

その後、頑張る社長はクラクラするセリフを連発。

「今日の主役はキミだ」。
「キミはぼくに選ばれたんだ」。

すごい必死な感じで可愛い。でも女性の方は、「腕押しされたノレン」みたいな感じでなかなかかみ合わない。この部分が女性の技量なのかも知れない。決して素っ気ないわけではなく、そっぽを向くわけでもない。

ただ、社長の仕掛けてくる言葉に決してのらない。短いセンテンスで相づちをうつ程度で、長文会話を切り返すことをしない。社長としては自分のペースに引き込めないのだろう。おそるべし。

そしてこの女性、独特なワザを持っていた。
会話のとぎれた頃合いを見計らってポツンとひと言、独り言のようにそっとつぶやく。

「ほんと、幸せ」。

このセリフ、横に座っていた私は3回聞いた気がする。美味しい食べ物に対して「幸せ」と表現しているのか、社長からヨイショされることに対して「幸せ」と表現しているのか、まったく分からない。シッポを掴ませない言葉だ。

でも、この言葉を聞くたび社長は上機嫌になる。社長としては、自分と過ごしている時間を幸せに感じてくれていると思うのだろう。社長満足。私も満足。

そして、お店に遅刻しないよう女性ではなく、社長の方が神経質に時間をチェックし、慌ただしく去っていった。楽しげな社長の後ろ姿に夜の街の効能を見た気がする。

さんざん偉そうに書いてみたが、この会話を聞いている間、ついつい我が身を振り返った。きっと私も人様のことを言えないのだろう。同伴こそめったにしないものの、酒場で女性陣に上目遣いで見られるだけで錯覚してしまう間抜けな私のことだ。自分で自分を見ることができたら赤面モノだろう。

この日の教訓。「我以外、皆我が師なり」。

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