2008年6月30日月曜日

プチ愛国心

愛国心とか言うとすぐに右翼のレッテルを貼られてしまうが、私の愛国心はそんな大げさなものではなく、「日本的なものが好き」という水準。

海外でもすぐに日本食を探すし、洋酒より日本の酒が好きだし、最近はお金がないせいもあるが、スーツだってヨーロッパブランドではなく日本製だ。

スノッブな高級ホテルより日本旅館が好きだし、温泉旅行にはいつも“MY・作務衣”を持参する。花だって断然、和花をヒイキにしている。紫陽花や菖蒲、水仙なんか妙に惹かれる。ちなみに一番好きな花は梅です。

趣味の陶器集めも基本的に日本の伝統的なものに興味が集中する。日本の陶器に惹かれた理由は色々ある。西洋食器の有名ブランドはたいてい日本の磁器の模倣から始まったことは知る人ぞ知る話。そんな少し誇らしい話も私の器道楽に影響した。

江戸時代、ジャポニズムの流れで西洋諸国がこぞって買い付けたのが伊万里製の磁器。その透けるような白さに加えてエキゾチックな絵付けが大人気となり、現地でもさかんに伊万里焼のデザインが参考にされた。

ブランド品として確固たる地位を築いているドイツの「マイセン」。定番の「ブルーオニオン」シリーズの来歴がちょっと面白い。古伊万里の絵付けでさかんに使われていたザクロの模倣がすべての起点。

当時のヨーロッパの人々にザクロは馴染みがなく、「いったいコリャ何だ?」「きっとタマネギだろう」といった感じで現在まで脈々と作られ続けている。

なんでもかんでも外国の高級品を無条件に持ちあげてしまうのが日本人の悪い癖だから、こんなエピソードはもっと広く知られて欲しい。

プチ愛国心とは別に日本の陶器に魅せられた理由が、その世界で使われる用語の美しさ。

最初の写真は備前焼の中皿。携帯で撮影したので綺麗ではないが、3カ所の丸い柄に赤茶けた緋色の線が走っている。これは「火襷(ひだすき)」と呼ばれるもの。

もともと窯のなかで器同士がひっつかないように器に藁を巻いていた部分が焼成段階で科学変化を起こし、器肌を彩る文様になった。現在では、作為的に火襷をアレンジすることで器の表情に変化を与えている。
“火のタスキ”という表現を思いついた先人の卓越した言語センスに脱帽だ。

同じ写真の丸い部分の外側は、フチに近い部分の茶色とは異なり、黄色がかった色をしている。この部分は「胡麻(ゴマ)」と呼ばれ、窯のなかで飛び交う薪の成分がゴマ状に降り注いで付着することから名付けられた。

そして3カ所の丸い部分にも呼び名がある。大量の器を窯に詰め込むには器の上に違う器を重ねる必要がある。写真の皿の場合、丸い部分は徳利か小さめの花入れあたりを乗せたような感じ。別の器が乗っていれば、その部分には直接炎があたらず、周辺とは景色が異なる。いまでは、意図的にこうした景色の“ヌケ”を作ることが多い。この部分は「牡丹餅(ぼたもち)」と呼ばれる。

次の写真は唐津焼の食器。この形状は「割山椒(わりざんしょ)」という名前だ。見た目通りの表現だが、山椒の実が割れた形に似ていることから名付けられた呼び方。なんとも詩的だと思う。

会社のデスクの上で徳利の胴から下を写した写真は、釉薬の流れが上から下に茶色く写っている。垂れていった終着点で玉のように固まった状態を「玉垂れ」と呼ぶ。なんの変哲もない言葉のようではあるが、昔の人の情緒を感じさせる言葉だ(ところで、どうして職場に徳利を置いているのだろう・・・)。

備前の徳利が2本並んだ写真の左側の形状を「鶴首徳利」と呼ぶ。端正な細長い首部分を鶴の首に見立てた表現は、やはり詩的センスに優れている。

情緒のないガサツな人間ほど、コンプレックスの裏返しで、情緒豊かなものに惹かれるらしい。まさに私のことかもしれない。

2 件のコメント:

rinrin さんのコメント...

笑わせて頂きました!!(どうして職場に徳利を置いているのだろう・・・。 )

そして…“MY・作務衣”には感服致しました。


伊万里のザクロがマイセンのブルーオニオンの起点であったとは初耳でした。
ヴィトンの市松模様が起点然り舶来品崇高意識の影に本国ゆかりあるものともっと浸透して頂きたいです。

何故かオフィスにある鶴首徳利、これはまた素敵ですね~、元が美味しいお酒は勿論、あまり美味しくないお酒も美味しく感じそう!!
日本の伝統的な陶器は…びっくりする程のお値段だったりしますよね。

富豪記者さんの緩急あるブログは本当に楽しいです♪

富豪記者 さんのコメント...

コメント有難うございます。私自身、バブルのころは、フェレやベルサーチのスーツに喜び、欧州車を尊び、マセラッティにまで乗った上で、いま日本的なものの良さを噛み締めています。衣食住すべての分野で、「気づかなかったこと、知らなかったこと」って多いのだと思います。それらに素直に聞き耳をたてて新たな知識を吸収できるには、多少の人生経験が必要なんだと思います。年齢を重ねることが楽しくなってきた今日この頃です!
今後ともよろしくお願いします。