2021年12月3日金曜日

冬の舌


春夏秋それぞれに季節ごとのウマい話を書いているが、いよいよ冬である。寒いのはゴメンだが、この季節ならではのウマいものを食べると幸せになる。

 

何だか年柄年中食べ物のことしか考えていないみたいで恥ずかしいが、食べられること自体が元気に生きている証だ。四の五の言わずにウマいものを食べ続けようと思う。

 



 フグと並ぶ冬の鍋といえばクエだ。九州場所でお相撲さんが食べることでも知られる。東京ではあまり馴染みがないが、個人的に魚系の鍋物としては大好物だ。

 

今回も銀座にある土佐料理「祢保希(ねぼけ)」で食べてきた。カツオのたたきを肴に一杯やりながらクエ鍋が出来るのを待つ。

 

結構な大型魚であるクエは鍋で煮ても身がしっかりした状態を維持するのが特徴だろう。ちょっと煮すぎたぐらいではバサバサにもならない。

 



 しっかりした歯ごたえと旨味。コラーゲンも多いらしいがそちらは私にとってはあまり関係ない。

 

もちろんシメの雑炊がウットリするほどウマいのも忘れてはならない。考えてみれば鍋を食べる動機の半分はシメの雑炊なのかもしれない。

 

冬といえばカニやアンキモも酒の共に最高だ。ズワイのメスである香箱ガニも今が盛りである。

 



 普通に毛ガニを食べたいのが私の本音だが、今の時期はどこもかしこも香箱ガニで攻めてくるのでそれはそれで喜んで食べている。

 

横に写っているのはアンキモだ。蒸したアンキモもウマいが煮物系アンキモも悪くない。ネットリ感がより感じられて酒との相性もバッチリだ。

 

冬を実感させる珍味といえば白子が王様格だろう。その昔はフグの白子が最高だなどと分かったふりをしていたが、定番のタラの白子もモノが良ければやはり極上の味わいだ。

 

安い居酒屋で頼むと失敗しがちだが、そこそこの店なら安心して食べられる。今シーズンは何となく焼いてもらうことが多い。

 



軽く湯がいてポン酢で味わう白子も好きだが、歳とともにどうせなら温かい状態で食べたい欲求が強まり、醤油焼きか塩焼きかを気分に応じて注文するようになった。

 

私は結構な猫舌なのだが、焼いた白子をホコホコ言いながらかじるのは悪くない。なんだか貴重品をちょこっとずつ食べている気がしてくる。

 

10年ほど前は珍味太郎というハンドルネーム?を自称してケッタイなモノまで含めて魚卵やさまざまな内臓系を肴に酒を飲むのが好きだった。

 

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2013/04/blog-post_8.html

 

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2012/03/blog-post_21.html

 

お医者さんから痛風発作が起きないことを不思議がられる程度に尿酸値も高値安定状態だった。

 

でも熱中しすぎたせいで、だんだんと珍味欲求は以前ほどではなくなり今では常識人として過ごしている。これも加齢だと思うとちょっとだけ切ない

 

アンキモ、白子、カラスミなどの他、ド定番のウニやイクラがあれば充分満足出来るようになった。

 

もちろん得体の知れない特殊な珍味にもウマいものはいっぱいあったが、あくまで美味ではなく珍味という呼び名にとどめておきたいようなモノも随分食べてきた。

 

ああいう冒険心も食を楽しむには大事だが、最近は分かりきったものしか食べなくなった。加齢のせいというより人としてようやく成熟したのだと思いたい。

 

冬の食べ物の話を書いてきたつもりがズレてしまった。





2021年12月1日水曜日

正しい銀座の夜

 

一時期に比べてすっかり縁遠くなったのが夜の銀座だ。夕方に食事に出かけることは多いが、夜も更けた時間の銀座への出没率は以前に比べて大幅に下降した。

 




遅い時間に外にいる習慣がなくなったことが大きい。これは多くの人に共通する心理だろう。

 

夜も10時を過ぎると外にいることが落ち着かなくなる。良いのか悪いのか分からないが以前ならお爺さんみたいな心理状態である。

 

そんなお爺さんモードの私だが、先日久しぶりに深夜まで銀座で痛飲した。母校の3つ下の後輩に誘われワイワイガヤガヤの時間を過ごした。

 

その後輩は中学高校だけでなくたまたま大学も同窓だ。固い分野の本業の社長業の他に道楽?で銀座に2件の飲食店も持っている。

 

クルーザーもハーレーも乗りこなし、スポーツ系有名人のタニマチ的な付き合いもあるようで日々豪快に活躍している。

 

夜の銀座でブイブイ言わせているコワモテ顔の男なのだが、なぜか先輩である私を慕って、いや面白がって時々声をかけてくれる。

 

もう何年も前に夜の銀座で偶然“拿捕”された際には、私も張り切って何件かのクラブに先輩ヅラして連れて行った。

 

ところがどの店に行っても彼は私よりその店の常連だったようで、敗北感?のような妙な気分を味わった覚えがある。

 



 

その日はまずはラムしゃぶを突きながらひとしきりバカ話に励む。お互い50才を過ぎているのに話題は大昔のオッパッピーな話ばかりだ。

 

この歳になってしがらみのない関係で単なるバカ話に花を咲かせることは幸せなことだ。

 

つい最近の話のように盛り上がっている話題が実は40年も前のことだったりする。童心に返る時間は精神衛生上なかなか良い効果があると思う。

 


 

特製スープがやたらとウマい鍋だったのでシメの雑炊も絶品だった。チーズをぶりぶり投入してリゾット風にして楽しんだ。

 

食後はお決まりのクラブ活動である。先輩の威厳を保とうと馴染みの店に行こうと思ったのだが、祭日前のこの日は休業にして連休にしている店が多く、2軒ほどトライしたのに両方とも閉まっていた。

 

結局、雨も降っていたので後輩の知り合いの最寄りの店に入る。どうもこの後輩の前では私の先輩ヅラ作戦はスムーズに運ばない。

 

夜の銀座にもそこそこ人出が戻ってきたようで店内はそれなりに活気があった。クラブ活動はこうでなくてはいけない。お客さんがポツポツしかいない淋しい眺めは気分が落ちる。

 



 久々にゆっくり腰を落ち着けて飲んだ。葉巻までもらって極楽タイムだ。後輩も私のバカ話を必要以上に?面白がってくれた。後輩の鏡である。

 

結局、日付が変わっても夜の銀座にいた。何年ぶりのことだろう。10年ぐらい前は頻繁にアフターにまで繰り出して日の出を見ることさえあった私だが、いまや12時を回っただけでアワアワするようになった。シンデレラみたいだ。

 

結果は激しい二日酔いである。実に正しい銀座の夜の過ごし方だった。

 

後輩は来年、数ヶ月かけて各地を転々としながら沖縄までクルーザーで旅をするらしい。瀬戸内海あたりにいる頃に数日間だけ私も混ぜてもらおうかなどと考えている。

 

 

 

2021年11月29日月曜日

突如としてパン


半世紀にわたって朝ご飯はコメ食をモットーに生きてきたが、最近はパンを食べる機会が増えた。宗旨替えである。

 

きっかけはコーヒーの香りだ。この春、嗅覚が数日間死んでしまって困っていたのだが、ある日、コーヒーの香りを感じたことで嗅覚復活に気付いた。

 

あの時のコーヒーの香りはもはや天国に咲く花のようだった。天国に行ったことはないがそのぐらい感激した。

 

以来、朝起きるとドルチェグストのスイッチを入れてコーヒーを飲むことが増えた。人間変われば変わるものである。

 

コーヒーほどコメに合わない飲み物はない。仕方なく朝飯としてコンビニのサンドイッチや朝マックをウーバーに運んでもらうことが増えた。

 

いい歳したオジサマがコンビニのサンドイッチを朝ご飯にかじっている姿はシャバダバである。誰も見ていない一人暮らしとはいえ私自身の股間が痒くなる、いや、沽券にかかわる問題である。

 

で、スーパーでパンを買ってみたが元々パン好きではないからハッピーな食事にはならない。ついつい焼きそばパンなんかを買いたくなる。

 

根本的に私はパンの耳が嫌いだ。トーストも耳があるからイヤだ。必然的に食パン以外のパンを攻略するのが基本姿勢である。


惣菜パンや食パンでもない普通のパンを何とか楽しく食べる方法はないかと思案していたのだが、レンジでパンをふっくら温めるパンウォーマーなる便利グッズを見つけてさっそく使ってみた。

 


 

原理は分からないが、どうでもいいロールパンや詰め合わせの安っぽいクロワッサンがこの便利グッズのおかげで妙に美味しくなった。いや、非常に美味しくなった。

 

こんなグッズを使わずとも乾いた布を載せてレンジで軽くチンするだけで同じように格段に美味しくなるらしい。目からウロコである。

 

お次はパンに塗る相棒たちである。上質なエシレバターをてんこ盛りに塗りまくりたいところだが、そんなことをすると緩やかな自殺みたいだからそうもいかない。

 

しかたなく普通のジャムや安いバターをちょこっと塗って食べていたのだが、さすがにすぐに飽きたのでアレコレ探していたらピスタチオクリームというムホムホする一品を見つけた。

 



しっかり甘い。でも人工香料のようなピスタチオ風味ではなくちゃんとした本物の味わいを感じる。ほかほかと暖まったパンに塗ると「なんですのん、これ、バカウマでんねん」と標準語を忘れるほど官能的な味がする。

 

このピスタチオクリームもウーバーイーツで調達した。成城石井のチマチマした商品をウーバーで頼もうとした際にたまたま発見した。

 


 

ついでに注文した「果実60%のイチゴジャム」も思ったより美味しかった。甘いだけでなく正しいイチゴの酸味を感じる。ちょっと大人っぽい?味がした。

 

温めたパンにピスタチオクリームとイチゴジャムを交互に塗りたくって味わいながらコーヒーを飲むのは結構幸せな時間である。

 

甘いのだけだとさすがにキツいのでサイドメニューとして茹でたシャウエッセンなんかも用意すれば充分にハッピーな朝食の完成である。

 

これまで世界中を旅していくつもの高級ホテルで豪勢な朝食を味わう機会があった。パンがあまり好きではなかった私は、物凄い品揃えのいろんなパンが並んでいても、ほぼ見向きもせずに、ソーセージやハム、卵料理ばかり食べてきた。

 

パンに手を出した時でもクロワッサンの横っ腹をかっさばき、そこにハムやスクランブルエッグなどをギュウギュウ押し込みケチャップを投入して惣菜パンに変身させて食べるぐらいだった。

 

いま思えば残念な話である。いつかまたヨーロッパに行く機会があれば、ピスタチオクリームや日本製のピーナッツクリームを持参しようと決意している。

 

これまでの人生でまったく興味の無かった数限りない種類のパンの食べ比べをクリーム達の助けを借りながら断行してみようと思う。

 

 

 

 

 

2021年11月26日金曜日

スペインを食べに行く


少し前にこのブログで旅の思い出を書いたせいで無性にスペイン料理が食べたくなった。私の脳はかなり単純に出来ているらしい。

 



 加齢とともに新たなお店を開拓するフロンティア精神が薄れてきたせいで以前に何度か行ったことがある銀座の「スペインクラブ」を訪ねた。

 

スペイン料理の良さは「カヴァ」に尽きるかも知れない。イタリアの「スプマンテ」とともに時に私を助けてくれる有難い酒である。

 

洋モノ系レストランに行くとシャンパンのせいでお勘定がオッペケペーになることが少なくない。

 

私はさほど普通のワインが好きではないから洋モノレストランではシュワシュワを飲んで過ごす。

 

スパークリングワインとシャンパンがあった場合、見栄っ張りの私としては後者を頼まざるを得ない。もちろん高い。

 

スペイン料理の場合には泡モノは地元の「カヴァ」が定番だ。シャンパンを置いてある方がおかしいわけだから堂々とカヴァを飲んで過ごせる。

 

シャンパンより遙かに安いから気軽にボトルで頼んでグビグビ出来るのが良い。その店で一番高いカヴァを頼んだところでたいしたことはない。

 

この日もお店のスタッフに勧められたロゼのカヴァをボトルで注文。頼んだ料理との相性も良く美味しく楽しめた。

 



 

イベリコ豚の生ハムやタコとポテトの和え物といったツマミを味わいながらホロ酔いになる。

 

料理を運んでくるスペイン人のオバサン相手に「ブエノ、アミーゴ、バモス!」などテキトーな言葉を乱発しながら過ごす。

 

“スペインの気分”だから無理やり陽気になってみる。これって意外に大事だ。陽気になれば笑いも増える。楽しい気分になれば免疫力もアップして健康になる。笑門来福だ。

 




 スペイン版のモツ煮みたいなカジョスとイベリコ豚の首肉のグリルだ。カジョスはハチノスのトマト煮込みだが、カヴァとの相性も良く酔いが進む。

 

豚肉のグリルがまた絶品だった。お店の人によるとかなり希少な部位だとか。他の料理メニューより二段階ぐらい高い値付けだったのも納得。

 

脂身が無いのにパサつき感は皆無で、噛んだ時の締まった食感やジューシューさ、味の濃さともに豚好きの私には最高の一品だった。

 

そしてシメは冒頭の画像のパエリア。いろいろ種類はあったがこの日はシーフード。シラスと何とかの和風パエリアみたいなその日のアレンジパエリアも頼んでみたかったが、これまた加齢のせい?で冒険できなかった。自分の保守性が自民党みたいでイヤだ。

 

普段は焼鳥、寿司、小料理屋、ときどきウナギや中華といった定番パターンで生きている私である。久々の異国料理は新鮮だった。

 

味はさておき、気分が新鮮さを取り戻すことに意味があるのかも知れない。予定調和から外れたところに身を置くことは案外大事だ。

 

なんだか大袈裟な書きぶりになってしまったが、時には斬新な時間を過ごすのも悪くない。老化対策として心がけようと思う。

 

 

 

 

 

2021年11月24日水曜日

横向きにして口を封じる

 

人生の3分の1は寝ているわけだから睡眠の質は大事だ。眠るという行為は単に身体を休めるためのものではない。無心になって日々の邪念をリセットする時間でもある。

 

だから悪夢ばかり見たり、無呼吸になって苦しんだりするのは避けたい。若い頃なら勢いだけでぐっすり眠れたが中年になるとそうもいかない。睡眠環境を整えることは非常に重要だ。

 

いつだったかテレビで「鼻呼吸の大切さ」を説いている番組を観て、影響されやすい私は鼻呼吸を常に心がけるようになった。

 

鼻にはいくつものフィルター機能があって喉に取り入れる空気をしっかりチェックしているらしい。鼻クソがその結果である。

 

口呼吸だとフィルター機能が働かず、悪い菌などを直接取り込んでしまう。寝ている時に口を開けっ放しにしていると、せっかくの鼻のフィルター機能は使われず、おまけに長時間の口呼吸によって喉がカラカラに渇いてしまう。

 

というわけで、通販オヤジである私も対策グッズを購入した。その名も「口封じテープ」である。口にバッテンを付けちゃうわけだからコントみたいである。

 



 使い始めてから1ヶ月ぐらいになるが、慣れるのには結構時間がかかった。異物感が凄かったし、拷問されているような気分にもなった。

 

ピッタリ口を閉じてテープを貼るより数ミリ程度は口を開けて貼るように工夫したら徐々に気にならなくなってきた。いまはしっかり口を閉じてもバッテンテープが気にならなくなった。

 


 

朝の喉の感じが確実に変わったことを実感する。変な乾きで不快に感じることがなくなった。思い込みかも知れないが効果が出ている気がする。

 

お次は枕である。先月このブログで私の「枕難民」ぶりを書いた(http://fugoh-kisya.blogspot.com/2021/10/blog-post_22.html?m=1)が、またしても新しい枕を買ってしまった。

 

イマドキのネット広告のせいである。過去の購入歴やら閲覧歴のせいで私のスマホには枕の広告がビシバシ表示される。その中の一つを衝動買いしてしまったわけだ。

 

おまけに「今だけ大特価」という安直なセールスにウホウホと乗っかってしまった。1万円の商品が8千円になっていた。

 

よく考えたらいつも枕は35千円程度のモノを買っている。最近買ったニトリの8千円の枕を買うのにも躊躇していたのに、今回はコロっと乗せられてしまった。

 



 横寝専用の枕だ。ちょっと個性的なデザインに惹かれた。デコボコと立体系のデザインが主流の中で皿の上に頭を載せるような感じだ。

 

使ってみた感想は「普通」である。狙って買った枕は最初のうちはたいてい「オッ、これはいいぞ」的な印象があるのだが、今回はそれがなかった。

 

とはいえ、その「普通」な感じが私には良かったみたいで、もう10日ぐらい連続で使っている。私にとってこれは珍しいことである。

 

今まで買った枕は最初は気にいっても3日、4日と使ううちに他の枕と変えたくなっていた。日によって枕を使い分けることが多い私にとって同じ枕を何日も使い続けることは画期的だ。

 

           

 



身体を横向きにした際の下側に来る腕の格納スペース?があるのが何となく嬉しい。妙に落ち着く。頭を載せる平面の部分の感触も悪くない。

 

枕ほど好みに個人差があるものは無い。その好みだって体調や気分によって変化する。気に入った枕を一つだけ使うのが普通なのだろうが、ワガママな私は「もっと快適な枕があるはずだ」と常に考えてしまう。

 

今回のニュー枕は結構気に入った。いまある枕の中でもエース級の活躍をしてくれそうだ。

 

と同時に「もっと快適なヤツがあるはずだ」という上昇志向?もまだまだ消えない。既に気になっている枕がいくつかある。

 

凝り性なのかアホなのか、自分でも面倒くさい性格だと感じ始めている。

 

 

 

 

 

 

 

2021年11月22日月曜日

ラーメンを語る


普段はあまりラーメンを食べないのだが、寒くなってきたせいか、ちょくちょく食べたくなる。

 

こっちとらぁ江戸っ子だぜい、とイキがっている時は「ラーメンはやっぱり醤油だな」と言いたくなる。ましてや私の実家は荻窪に近い。一部の人には醤油ラーメンの本場?みたいに思われている場所だ。

 

確かに馴染みがあるのは醤油ラーメンだ。子供の頃はそれが基本だった。ラーメンが今みたいに世間から大注目される時代ではなかったから、あくまでラーメンといえば昔ながらの醤油ラーメンだった。

 

そんな私も半世紀以上生きてきて、本当は醤油ラーメンがたいして好きではないことに気づき始めている。いや、前から気付いていたのだが、東京人の矜恃のせいでそれを認めていなかったわけである。

 



 ここ数年、ちょこちょこラーメンを食べてきたが、私は紛れもない味噌ラーメン好きだと痛感する。今年の9月に行った札幌旅行で再認識した。

 

「醤油ラーメンこそ一番」などと得意げに語っているのは、実は巨人ファンなのに阪神を応援しちゃうインチキみたいな話である。

 

まあ、醤油ラーメンも嫌いではないのだが、チャーシューがぶりぶりトッピングされた場合に限ってムホムホ食べているのが実情だ。

 

チャーシューをあり得ないぐらいトッピングしてくれるラーメン屋さんは不思議と醤油ラーメンの店ばかりである。詳しいわけじゃないので断定できないのだが、そんな印象がある。ちなみに下の画像は肉塊油そばという名のジャンクな一品。まあこれは例外だ。

 


 

だいたいチャーシュー麺といえば漠然と醤油ラーメンの上にチャーシューが多めに乗っかっているイメージだ。味噌ラーメンの場合、味噌チャーシュー麺と呼ばないとピンとこない。

 

味噌ラーメンだろうと私はチャーシューを山ほど載せたい。厳密にいえば味噌ラーメンファンではなく味噌チャーシュー麺が好きだ。

 

ちなみにチャーシューが山ほど乗った醤油ラーメンとチャーシューが12枚しか乗っていない味噌ラーメンだったらどちらを選ぶか考えてみた。

 

断然、チャーシューがぶりぶり乗っているほうを選ぶ。そう考えると声高に味噌ラーメン好きだと叫んだことも怪しいものである。

 

結論としては単なるチャーシュー好きというシャバダバな話になってしまった。ビミョーだ。


ついでに言わせてもらうと、トンコツラーメンのチャーシューは何であんなに薄っぺらいのだろう。人を小馬鹿にしたような薄さだ。


カツオの刺身をやたらと分厚く切る風習とトンコツラーメンのペラペラチャーシューはニッポンの食における隠れた大問題だと思う。


話がそれた。


先日、散歩の途中で「どうでもいい感じのラーメン屋」が目にとまった。店名が北海道っぽい印象だったから味噌ラーメンが基本だろうとノレンをくぐってみた。

 



「どうでもいい感じの店」というのがポイントである。イマドキのラーメン屋は何だかマニア向けに凝りすぎている印象がある。ただ普通に何となくラーメンを食べたい時には「どうでもいい感じ」が恋しくなる。

 

○△系だ、渾身のナンチャラスープとか、食べログだミシュランだとか、そういうのを完全排除した「どうでもいい感じの店」って意外に見つからない。あったとしてもマズそうな雰囲気が漂ってくる店ばかりだ。

 

先日入ってみた「どうでもいい感じの店」はビルの地下にあったせいで外観がよく分からず、階段を降りたついでに扉を開けちゃったから引き返す勇気も出ず黙って椅子に座った。

 

ガランとした店内は空いていて、いわゆるラオタさん達が来るような気配はまったく無い。絵に描いたような「どうでもいい感じ」だった。

 



で、チャーシューとコーンをトッピングした味噌ラーメンがやってきた。見た目は悪くない。味は普通。いや、良い意味で「どうでもいい感じ」の味だった。

 

スープが脂っぽい感じがしたが、きっと味噌ラーメンと抜群の相性を誇るバターがたっぷり溶けているのだろうと都合良く解釈したら妙に美味しく感じた。たぶん違うのだが。

 

「どうでもいい感じの店でどうでもいい味のラーメンを味わう」。アマノジャク精神を旨とする私にとっては悪くないパターンかも知れない。

 

問題はそんな路線の店の話を書いたところで、ちっとも面白くならず、誰にも参考にならない点である。

 

やはり私はチャーシューだけをトッピングした冷やし中華を一年中食べているのが無難みたいだ。

 





 

 

 

2021年11月19日金曜日

日常メシがウマい店

 

時々訪ねる小料理屋的居酒屋?がある。限りなく銀座に近い新橋に位置する初老の男性が二人で切り盛りする渋い店だ。

 

雑居ビルの地下にあって目立たず客層もオジサマばかり。色気とは無縁だが個人店の見本のような風情に惹かれてコロナ前は時々顔を出していた。

 

店の名は「かとう」。某日、2年ぶりにフラっとノレンをくぐった。頻繁に通っていた客ではなかったのにちゃんと私のことも覚えてくれていた。昔ながらの酒場はこういう点が嬉しい。

 

メニューは壁に手書きされた雑多なラインナップ。値段表示がないところもこなれた?大人心をくすぐる。とりあえず魚も肉も揚げ物もひと通り揃っている。

 

特別うなるようなウマいものが出てくるわけではない。かといって得体の知れないヘンテコなものを食べさせられる恐れもない。

 


 

ちょうどいい店。その一言に尽きる。デートや接待向きではない。一人もしくは少人数でしっぽり過ごすのに適している。

 

その日、座って間もないタイミングで銀座のオネエサンからLINEが来た。なんとも不思議な話だが「かとうに行きたいから付き合え」という内容だった。

 

2年ぶりにフラッと訪ねて店主と大袈裟に旧交を温め合っていたタイミングにそんな誘いが来たわけだからビックリである。

 

もしかして私の行動は監視されているのかと思ってビビる。そのオネエサンとは長い付き合いで気軽な間柄だ。同伴向きとはいえないこの店にも二度ぐらい来たことはある。

 

見張られていたのかという疑念は消えないままオネエサンが来る前にクジラベーコンや牛タン塩焼き、冷や奴を食べながらグビグビ飲む。

 

店主と世間話の見本のような会話を繰り広げながら居心地の良さにとっとと酔い始める。コロナ禍で酒が弱くなった。まだまだ以前の感覚には戻らない。

 

そのうちオネエサンがやってきたので、なぜ今日の私の居場所がバレたかを尋問する。私の身体にGPSでも埋め込んだのかと問いただしたがあくまで偶然だと言い張る。

 



2年ぶりに一人しっぽり過ごすつもりが、結局バカ話大会に変更になった。一人酒も楽しいが、私は逆立ちしても女嫌いではないのでこれはこれで悪くない。食後にそのまま家に帰れないという罰則!が加わってしまったがそれも浮き世の義理である。

  

オネエサンは納豆やソーセージといった家で食べられるようなラインナップを黙々と食べる。オムレツもやってきた。

 

このオムレツがまた良かった。昭和的なオムレツとでもいおうか、古典的な昭和の家庭のオムレツみたいで心がホッコリする味がした。

 


ありそうでない店と言いたくなる。お勘定も安くはないけど高くはない。銀座のようで実は新橋という立地をそのまま体現したような日常使いに最適な店だと思う。

 

私のようにいい歳してシングルライフを過ごしていると日常的に使えるホッコリする店は大事だ。ライフラインみたいなものである。

 

一品料理が揃っていて気取らない雰囲気でキチンとした料理が出てきて、かつタバコまで吸わせてくれる店はなかなか無い。

 

こちらの画像もそうした店の一つ。わが家から歩いて2分の焼鳥屋さんである。高レベルの焼鳥だけでなくニクいツマミも多い。

 


私にとって一種の食堂みたいな感じだから時々は冷やしトマトなんかも注文して野菜不足解消に1ミリぐらいは効果を発揮している。

 

画像はタコの唐揚げと長芋の千切りだ。ホッピーを相棒に充電する時間が過ごせる。串焼きも絶品揃いなのでいつも食べ過ぎてしまう。

 

オシャレな店、ハヤリの店などに意識が向かなくなって久しい。開拓精神や好奇心が弱まっているわけだから褒められた話ではない。でも、快適に“日常メシ”を楽しめる店があるほうがQOL維持には大事だと思う。