2008年10月2日木曜日

世の中が止まっている

ある知人の話。大卒後就職した大手企業で学んだ知識を活かして、会社の先輩とともに起業。必死に集めた自己資金数千万円を投資し、経営の中枢に。

起業した会社は順調に成長、上場を果たす。出資分に応じて持っていた株式も時価数億円に跳ね上がった。

これがわずか2,3年前の話。いま、彼の持株の時価は数百万円にまで低下。紙くず寸前。最近の金融引き締め策で、会社が急激に傾いてしまい、全従業員の3割以上をカットする方向にある。いつつぶれてもおかしくない段階。

数千万円が数年で数億円、そして数年で数百万円に下落。まさにジェットコースター。

誰もが思う。「あのとき売っておけばよかった」。まったくその通りだが、心血注いで情熱を持って経営の中枢にいれば、株価がピークの時点で売り払うことは考えない。

株価が下がりはじめた時点なら尚更だろう。盛り返すために必死にもがく。単なる投資での株所有なら、適当に損切りする発想も生まれるが、経営陣はそうはいかない。

世の中全体の閉塞感は、最近の株暴落、金融不安という流れの中で、より混迷の色を深めている。

ひと言でいうなら、世の中が止まっている状態。危なくない優良会社も、様子見姿勢に終始し、動きが極端に鈍い。危なっかしい会社は、あっさり退場宣告を受ける。

資金が動かなくなっているから黒字企業だって資金ショートで簡単につぶれる。どうにも息苦しい状態になっている。

さっきの知人は、起死回生の作戦をアレコレ考えている。もともとバイタリティーがあったからこそ、いっときの急浮上を経験したわけだから、それなりの道を見つけるのだと思う。

さて、オーナー経営者にとっては、ここで紹介した知人の話は切実だ。上場して莫大な利益をゲットするという図式とは違う小規模会社でも、トップであれば不測の事態にさっさと船を下りられないという苦悩は深い。

個人保証が当然のようについて回る会社経営だが、それ故にいざ会社がひっくり返れば個人資産もスッカラカン。

リーマンブラザースの経営陣のように、好調時に天文学的規模の報酬を受け取っているわけでもなく、そのリスクの重さは洒落にならない。

せめて好調時にしっかり報酬を取ろうにも、日本の税文化のもとでは、すぐに「過大報酬は損金不算入」だとか「定期同額で支払われていないと損金にできない」とか、なにかと厄介な事も多い。

個人資産を失うところまで引っ張らずに会社を清算したいと思っても、現実はそう簡単ではない。

敵前逃亡のように思われたくないし、自分が舵取りをしている事業だけに再浮上を信じて耐えているわけだから、ちょっとした資金繰りの担保などに個人資産をあてがう。個人資産をあてがわなければ、つなぎの資金が回ってこない。

この悪循環の中、立ち行かなくなったら、スッカラカンに借金まみれという結末を迎える。

低迷する会社をどう着地させるか、この課題に対する明確な答えほど難しいものはない。

再浮上すれば、経営者の努力は英雄視されるが、すべてが破綻すれば社会的に抹殺されるほどの痛手を負う。

近年、社会変化のスピード感はかつてなく激しい。迷い悩んでいるうちに手遅れになるケースも多い。

闇雲な努力か、死なばもろともか。この二者択一しかないと思い込んでいる経営者は多い。はたしてそうだろうか。

事業譲渡の手法が市民権を得て久しい。ひと昔前なら、それこそ、船長が船員を残して退艦してしまうようなネガティブイメージもあったが、そんなイメージが誤りであることが知られるようになってきた。

従業員の技能や経験をそのまま引き継げる新たな船長のもとに船ごと託してしまうことは、“前船長”の判断として間違っていない。

船員まで巻き込んで路頭に迷う結論になるのなら、すべてを譲り渡すほうが雇用維持の点でも正解だ。大局的観点に立った正しい決断だと思う。

後継者がいない、健康状態が不安、意欲がなくなった。事業を譲渡したい経営者の心理は様々だ。いずれにしても、手遅れにならないうちに譲渡を決断することは、ビジネスマン人生における最高の判断になりえる。

中小企業のM&Aをサポートする「NP事業承継支援協会」に寄せられる相談は着実に増加傾向にある。ただ残念なのは、手遅れのケースが想像以上に多いこと。

にっちもさっちも行かなくなった会社を欲しいと考える会社は常識から考えて存在しない。

「会社は売り物などではない」という考えはまっとうだ。ただ、いざ売ろうと考えた時点では、ドライに「売り物」という尺度で買い手はとらえる。

キラリと輝いているのか、ボロボロなのか、売り物を見極める買い手の目線は単純だ。

手遅れになる前にいかに手塩にかけてきた会社を磨いておくか。少しでも将来不安を持つ企業経営者であれば、今後こうした視点は必要になると思う。

ハッピーリタイアを成功させた人々は、手遅れになる前に事業の整理の仕方を研究し、しかるべき手法を講じている。

敵対的だとか友好的だとか、そのような単純な捉え方は、中小企業M&Aとはマッチしない。もっと切実で純粋な人間ドラマのような気がする。

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