書こうかどうか悩んでいた話を書く。
大げさな書きぶりだが、何のことはない。いや、私自身にとっては大ゴトである。
ギターを始めることにした。
すぐに断念する可能性もあるので気張った感じで「ギターを頑張るぜ」などと書くのはやめておこうと思っていた。
でも、適度に自分を追い込むことも必要だ。宣言?しちゃうことで、渋々でも続けることができたら儲けモノである。
「ギターを頑張るぜ!」
よし、宣言完了である。
オヤジバンドの活動を始めてから漠然とギターをやってみたいと思っていた。でも、中年になってからマスターできるはずもないし、ウジウジ考えるだけで具体的な行動には移れないでいた。
ところが、半年ほど前から「一念発起すべし」という囁きが聞こえるようになってきた。まるで映画「フィールド・オブ・ドリームス」である。
あの映画は、ナゾの声に導かれて大事な農場をつぶして野球場を作ってしまうという道楽オヤジの破天荒ぶり?が描かれていたが、私の場合はそんな大した話ではない。
ギターを買って練習するだけの話である。
とある眠れぬ夜、ネット通販で「一から始めるギター初心者10点セット!」みたいな通販商品を買いかけた。なぜか最後のクリックをせずにやめてしまったが、あの時スタートしていれば、キャリアはもう3ヶ月ぐらいになっていたはずだ。
そもそも、2年以上前にオヤジバンドの活動を始めた時にギターを手にしていれば、今ではキャリア2年以上だったわけである。
ということで、ウジウジ思っているだけだと、時間だけが無駄に過ぎていく。
この春には、中学の軽音楽部に入った娘にエレキギターを買わされた。すでにアイツはそこそこ上達したらしい。
一緒に買いに行ったあの日、自分の分まで買えば良かったという後悔は日増しに強くなっていく。そんなこんなでギター問題が一種のストレスになっていた。
そして、先日、一人でクルマを運転していた時に「ナゾの声」が聞こえてきた。
「Today is The Day」。なぜ英語なのかは分からないが、気分はフィールド・オブ・ドリームスだから仕方ない。「今日こそ、その日だ」という意味合いである。
で、楽器屋さんに行ってみた。親切そうな店員を選んで声をかける。あれこれとアドバイスを受けながら、考えていた予算より遙かに高いアコースティックギターを買ってしまった。
娘に買ったエレキより10倍も高い。痛い出費ではあるが、見栄を張ったわけではない。安物を買ったらきっとすぐにやめちゃいそうだからチョット頑張ったわけだ。
で、家に持ち帰ってさっそくイジる。だが、コトはそう簡単ではない。チューニングが簡単にできるオートチューナーの使い方がサッパリ分からない。
「説明書読んだら子供でも分かりますよ」と私を軽くいなした店員を呪い殺す準備をしかけたが、そんなことをしている場合ではない。
仕方ないからYouTubeを一生懸命見てみた。ようやく、チューナーの使い方を猿でも分かるように解説した動画があったので一歩クリア。
チョロいぜ~と独り言をいいながら、チューニングを始めたのだが、力加減が分からないから、いきなり弦が1本ブチきれる惨事が発生。
ギターなんかやめようと決意した瞬間だった。
でも、痛い出費だったことを思いだし、地球が逆回転しそうなほどデカいタメイキを連発しながら交換用の弦を買いに行った。
さあ、弦の交換である。ギターと一緒に買った全ページカラーで文字も大きい初心者向け教本に書いてある通りにやってみる。
ちっとも出来やしない。私の場合、無器用なことでは日本で、いやアジアでも一、二を争うレベルなので、まあ、想定内である。
で、またしてもYouTubeである。動画だと実に分かりやすい。それでも失敗した。変なところでカットしてしまい、新品の弦をムダにした。もうタメイキも出ない。悲しくもない。切ない。
予備に買っておいた弦を用意し、YouTubeを改めて検索し直す。より分かりやすい弦の張り方動画を見つけて、なんとか成功した。やれやれである。
次の日、家からも職場からも近い場所にある音楽教室を覗きに行った。やたらと感じのいい講師の若者達が上へ下へのオモテナシである。そのまま体験レッスンとやらを受ける。
近くにもう一軒ギター教室があるので、そっちも見学したかったのだが、もうメンドーである。そのまま正式に申し込む。
26歳の音大出のギタリストが私の専任講師である。初めての講座の日、忍耐強く我慢するのは、私よりもキミの方かもしれないと訓示?しておいた。
無器用に関してはアジアチャンピオンである中年男にギターを教えるのだから彼も大変である。心から同情する。
その後、毎日わずかでもギターに触れるようにしているが、根本的にマトモに音が鳴らないのが現状である。論外である。
指が太いし、でかいし、なかなか動かないし、正直、適正はゼロ以下だと思う。人類は楽器が出来る人と出来ない人の2種類に分かれていることを痛感する。
子供の頃、ピアノ教室はわずか1日でやめたし、小学生の必需品である変な縦笛もちっとも吹けないまま逃げ切った私である。
家族、親戚に楽器が得意な人などいなかったような気がする。そんな私が今更ギターである。無謀だっただろうか。
だいたい、右ききの私にとって、左手の薬指を意識して動かす場面など、今までの人生で経験していない。
ましてや中指、人差し指とともに3本セットで何かをすることなど考えられない。まさにアクロバットである。
女性相手に必殺技を繰り出す時だって、そんな凄まじいフィンガーテクニックを駆使したことはない。
いつの日か、それっぽくギターを弾ける日はやってくるのだろうか。正直、そんな日は来ないと今は思っている。
でも、痛い出費だったし、意地もあるし、人生後半戦だし、なんとか少しぐらいは出来るようになりたいと願っている。
やる気満々だが憂鬱が同居しているような気分である。指は痛いし、身体中が変な筋肉痛である。
おお神よ!我に力を与えたまえ!
まさにそんな心境である。
2 件のコメント:
こんにちは。
私も40を過ぎてからチェロを始めました。幼い頃はピアノも習ってはいましたが家で練習することをしなかったため上達せず、早々にやめてしまった経験もあります。
そんな私でもヴァイオリンをやっている娘を見ているうち、ついつい弦楽器の音色にやられまして、チェロをぼちぼちやっています。
なんともう3年以上になるのですが、やはり一向に上達はしません。
しかし、たまに娘のヴァイオリンと一緒に弾いてみたりピアノの伴奏をつけて弾かせてもらったりするととても楽しく、続けて良かったな、これからも練習しようと思うのです。富豪記者さまもお嬢さまと一緒に弾いてみられたらどうでしょう?
てなことを言ってますと、毎日真面目に練習してそうですが、気が向かない時は数ヶ月レッスンをお休みさせてもらったりもしています。
まあ、いつまでに上手くならなくてはいけないなんて目標もないですし、やめたり再開したりユルく出来るのが大人の趣味の良いところ、細く長く続けられたらと思っています。
これからもブログ楽しみにしています。
れぴこさま
有り難うございます!3年も続けられるのは確かに「ユルさ」がカギなのかもしれませんね。
オヤジバンドのライブまでに1曲ぐらいは弾けるようになろう、等々、自分でプレッシャーをかけるからシンドく感じてしまうことに気付きました。
ユルさを心がけて続けてみます!
コメントを投稿