2014年3月12日水曜日

ウソ


あれだけ世間を騒然とさせたくせに、痩せるどころか太っちゃってた「佐村河内さん」の記者会見を見て「ウソつきにも才能が必要だな」とつくづく思った。

謝罪といいながら、いけしゃあしゃあと強弁を続け、ボロが出そうになると、とっさに話をそらす。

ありゃ一種の才能である。

ウソにウソを重ねていくと、自然と訓練を積んだようにウソが熟練していくのだろう。

どんな場面でも、慣れることの強みは想像以上である。大勢の人の前で要領よく話したり、パフォーマンスを見せるという芸当だって、最初からうまく出来るはずはない。すべては慣れの力である。

ウソも徹底して続ければ、しっかりと身につくわけだろう。なんとも厄介だが、凄く勉強になった。

ということで、ウソの話である。

私はウソをつくのがあまり上手ではない。大人として誉められたものではない。仕事の関係者と話をしていても、ポーカーフェイスで通すことが不得意である。感情が割と顔に出やすい。

中途半端なウソをつくなら、正直に居直ったほうが、その後の展開がスムーズになる。いわば正面突破である。

見え透いたウソを頑張って突き通そうとする人がいる。うまくいかなかった仕事をごまかすためとか、自分の保身が理由なんだろうが、見ていて滑稽だ。

お気の毒、かつマヌケである。

などと偉そうに言いながら、私だって、ムダにウソを言ってこんがらがることがある。

まあ、そんな場面はだいたい女性関係が絡む時だけである。ああいう分野は、ウソも親切なマナーになったりするから厄介である。

「うふん、ダーリン、ゆうべは、誰と過ごしていたの?」などと聞かれて「うん、錦糸町のリリィと交尾してたよ」と答えるわけにはいかない。

マナーである。

そういう時は、「退屈だったから、ウチで久しぶりに三島由紀夫を読み返していたよ」などと答えてあげる必要がある。

ところが、そんなウソも「ダーリン、ゆうべ、アナタの部屋の前を通ったけど灯りは消えていたわよ」とか切りかえされたりして慌てる。

問題はその時である。焦った様子が表情に出るか出ないか、相手はそれだけをチェックしている。

このわずか数秒の緊張の時間をどうやり過ごせるかが「素敵なダーリン」になれるかどうかの踏ん張りどころである。

「おや、三島を読んだのは一昨日だったかな。そうだ、昨日は亀戸のサウナでアカスリ三昧だったよ」と、柔和かつ自然に、そしてゆっくりと他愛のないことのように答えなければならない。

私にはそんな芸当は無理である。

したがって、「昨夜のこと」を尋ねられたら「そんな昔のことは忘れてしまった」と物憂げに葉巻をくゆらせながらつぶやくことにしている。

そして、「明日はどうしているの?」と聞かれたら「キミとデートするでちゅ~」と可愛いフリをする。

決して、「そんな未来のことなど分からないさ」などとキザなことを言ってはならない。

男と女の間では、ウソは時に潤滑油になり、時には毒にもなる。必要なウソもあれば、
ついてはいけないウソもある。

すべてをあからさまにするなんて人間関係を円満に運ぶ上では考えにくい。ウソは悪いことだが全否定もできない。程度問題だろう。

男なんてバカな生き物だから、自分のウソがバレないように必死になるばかりで、相手の女性がウソをついていることに想いが及ばなかったりする。

実に切なくも悲しい現実である。

相手の目を見てウソをつくのが女性である。これが男性との根本的な違いである。困った問題だ。

男は相手の目を見てウソをつくことが出来ない。これが出来るヤツは「佐村河内」クラスの傑物だろう。

だから、女性が自分の目を見つめながら言ったことは真実だと無意識に刷り込まれてしまう。

本当は逆である。不自然に目を見つめられて弁解されたら、疑ってかかった方がいい。

私も、相手の目を見てウソがつけないから、相手がこっちの目を凝視しながら語る話はすべて信用できると思い込んでいた。

この30年ぐらいずっとそうだった。

すなわち、この30年ぐらい、ずっとダマされていたのかもしれない。

最近は、いや、最近も以前も、滅多にウソはつかない?私だが、どうしても切り抜けたい場面では、相手の眉間を見つめることにした。

眉と眉の間である。この一点を必死に見つめる。相手からすれば、目をジッと見つめられているように映る。

ウソをつく時だけでなく、恥ずかしかったり、照れちゃって目をそらしがちな時も、この作戦は有効である。

好きな人に「好きだ」と伝える時には、恥ずかしさや照れで目をそらしたくなる。でも、勝負どころである。目を見つめているフリをするために眉間を凝視する。

好きでもない人に便宜上「好きだ」という場面も同じだ。自分のやましい心を反省したくなって目をそらしたくなるが、目を見つめて本気だと錯覚してもらうために眉間を凝視する。

ウソです。。。。

相変わらずアホバカ話ばかり書いてスイマセン。

さてさて、許せるウソ、許されないウソの境界線ってどのあたりなんだろうか。

多分、枝葉の伸ばし方ぐらいならセーフ、荒唐無稽な話ならアウトという感じだろうか。

男性経験が30人の女性が、それを3人と言い張ったら、「許せないウソ」だが、10人と答える程度の過少申告ならセーフだと思う。

バツ2の男が「まったくの未婚です」と答えたら「許せないウソ」だが、「バツ1です」と答えるのはセーフだと思う。

いま思えば、随分私もウソをつかれてきた。ああ、ここで書いちゃってスッキリしたい。でも、さすがにエゲツないし、私自身が情けなくなるから封印したままでいよう。

物事すべてが因果応報である。

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