先日、娘と息子を連れて伊香保温泉に行ってきた。夕方以降は思ったより暑くなかったので案外快適な温泉旅になった。4月にも伊香保を訪れたのだが、その時は新型のモダン系の宿だったので、今回はレトロ感たっぷりの老舗宿にしてみた。
千明仁泉亭、「ちぎらじんせんてい」と読む。口コミが総じて良かったので選んだ。にごり湯としては都心から最も行きやすい伊香保には昔から何度も来ている。10軒ほどの宿に泊まった経験があるが、今回の宿はなかなか良かった。
温泉っぽい風情。意外にこの部分は大事だ。風情を味わうにはモダン宿より老舗宿に軍配が上がる。もちろん古めかしいだけで汚らしい宿は論外だ。その点、今回の宿はレトロ感を活かしながら必要なリノベーションはしっかり行われている印象だった。
娘と息子との3人旅だから旅情も何もあったものではないが、それでも非日常感の中で過ごすと弛緩できるから嬉しい。ダウン症の息子もいまや18歳の立派な?オトナだ。さほど手がかかることもない。いまや娘の止まらない無駄話に付き合うほうが体力を消耗しているかもしれない。
息子は母親と暮らしているから私との旅行は1年ぶりぐらいだ。普段、頻繁に遊んでやれない罪滅ぼしにヤツの楽しそうなことを優先して過ごした。無邪気に何でも喜んでくれるからこっちも嬉しくなる。
伊香保名物の石段もぶらぶらした。温泉の正しい過ごし方である射的にもトライした。息子もいっちょ前に景品をゲットしてニンマリである。ナゼか以前から射撃に興味津々の娘は上級者向けの射的にも挑戦し、息子の声援を受けてハッスルしていた。
随分と景品を入手したが、うまい棒や2秒で壊れそうなオモチャばかりである。射的屋を随分と儲けさせてしまった。老後は射的屋の主人になりたいと思ったが、温泉街の射的屋なんて利権だろうからそう簡単にその座を手に入れることは難しそうだ。
さて、温泉宿である。親子3人旅にとって良かったのは貸切風呂が4,5か所用意されていた点だ。それも予約不要でカギが開いていればいつでも入れる仕組み。おまけにすべて伊香保のウリである茶色いにごり湯がかけ流しされている。
部屋付き露天風呂を手配すると妙に宿代が高くなりがちだが、貸切風呂にわりと自由に入れるなら普通の部屋を予約して温泉三昧も悪くない。貸切風呂に行くたびに通る廊下もレトロ感たっぷりだったので温泉情緒に浸るためにもこういうパターンはアリだと感じた。
部屋は和洋室。古めかしいわけではなく、かといってモダン過ぎずなかなか快適だった。日常の暮らしで和室で過ごす機会がまったく無くなってしまった今の私にとっては時折出かける温泉宿の空間は畳があるだけでちょっと癒し効果がある。
食事は個室で用意された。わが家のダウンちゃんはいちいちそこら辺の人に手を振ったりして愛想を振り舞くので、同行者の立場としては個室のほうが気が休まる。彼自身も気が散らないで食事に専念できるから好都合だ。
夕飯は温泉旅館ならではの品数豊富なメニューだった。メインはすき焼きだったのだが、肉はすべて息子にあげてしまった。私もいっぱしの「人の親」である。
鮎の身も食べやすいところを息子に食べさせた。18歳の食べ盛りの男の子にとって鮎なんてどうでもいい食べ物の筆頭だろう。それでも親としては蓼酢をつけた鮎を味わってもらいたくなる。丁寧に骨を取り除いて食べさせた。親バカに徹した時間だった。
ダウン症の息子が生まれたときは混乱もしたし落胆や絶望感も味わった。あれからもうすぐ19年になる。過ぎてしまえばアッという間だった。この春に国立の支援学校の高等部を卒業して今は自宅近くの施設に通所しながら楽しく過ごしている。
幼稚園から通った支援学校では友達もできたし、優しい先生に随分と可愛がってもらった。親としても支援学校やその周辺で助けてくれた人たちの優しさや高邁な人間性に触れて随分と勉強になった。教えられることばかりだったと感じる。
正直、知能の面ではかなり劣っている息子だが、今の彼を見ていると「人としてのステージ」という点では親よりも兄弟よりも上に位置しているように感じる。
駄々をこねることもない、変な執着心や邪心も無い、意地悪な要素や腹黒い要素もまったく無い、争いごとが大嫌いで我を通すこともなく、穏やかな性格は常に安定している。私が咳ひとつするだけで心配してくれるし、幼い子供の無垢な心のままで成長してきた。場面場面で感心させられることばかりだ。
娘ともよく話すのだが、最近は彼のことを仏様みたいに感じることがある。大げさではなく時に拝みたくなる。人間が本来持っている「善」の部分ばかりが成長してきたような感じだ。ちょっと褒め過ぎだろうか。
何かとダメダメな私を少しでも真っ当な方向に導くためにどこかから派遣されてきたのかと思ってしまう。
生まれてすぐにダウン症という宣告を受けた時の気持ちは今でも覚えている。「もうこれからは空が青く見えることはないのか」とさえ感じた。いま、青空はすこぶる青く見える。あの時あんな感情になったことを息子に素直に詫びたい。
絶望って案外コロっと逆転するものなのかもしれない。
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