2008年5月8日木曜日

銀座のクラブにホームページがない理由

今日のタイトル通りの本を書いたら多分売れると思う。そう思うほど、昨今の「富裕層ビジネス」というシロモノはピントがずれている気がする。

富裕層をターゲットにしたビジネス競争が活性化する中、多くがインターネット上であれやこれや仕掛けている。

もちろん、「富裕層」という言葉の定義自体が曖昧であり、貧乏階層から見た小金持ちレベルがターゲットであれば、インターネット上でそれなりのビジネスチャンスは実現するだろう。

富裕層といっても、飲み代に困らないとか、不倫相手とのデート代に困らないといった、ありふれたリッチではなく、数百万円、いや数千万円の消費行動に思い切った行動をとれる階層はインターネット上の仕掛けに踊らされる可能性は低い。

そういうことを表現する意味で今日のタイトルをつけてみた。「銀座のクラブ」をネットで検索しても、まともな情報は一切出てこない。見つけたように見えて、よく見ればキャバクラの情報だったりする。

京都・祇園の御茶屋さん遊びも同様。ネットで情報は出てこない。こういう特殊な世界では、店側が自らホームページを開設している例はほとんどない。客側も店の実名を出して馴染みであることを誇示するような話題を書き込むようなこともまずない。

こうした例はまだまだある。たとえば、一流といわれる料亭しかり。連夜、黒塗りが列をなす料亭の情報はインターネットとは無縁だ。うまいのマズいの高いの安いのといった生の声は、文字通り知る人ぞ知る話でしかない。

最上級といわれるような日本料理店、割烹の情報だって門戸を広く開けている一部の高級店は別にしてインターネットで深い情報を入手することは難しい。

一部のモノズキな人が、時たまこの手の店の訪問記をブログなどで公開していることはあるが、多くの場合、ランチを一度食べた経験を一生懸命書いているような感じで、間違っても常連レベルの人が、その手の店の機微に触れていることはない。

もっと例を出してみたい。アメックスのホームページにプラチナカードとブラックカードの情報やPRは出ていない。

すべての例えに言えることだが、常連とかメンバーの目線で考えた場合、不特定多数の大衆に盛んに告知をする必要があるものを有り難く思わないのは当然の話なのだろう。ここがインターネットと富裕層がかみ合わないポイントだと思う。

仮にホームページを設けていても、あからさまな「売らんかなオーラ」があると、とたんに下品なイメージにつながる。

エルメスとルイヴィトンのホームページも興味深い。世界的ファッションブランドという特性上、両社ともさすがに公式ホームページはある。ただ、毛色の違いがどことなく特徴的だ。

エルメスのそれは、エルメスのなんたるかをよく分からない凝った仕組みのページで羅列してあり、良くいえばアカデミック路線。「ホームページなんか本当はいらない」といいたげな気配すらある。対するヴィトン、こっちはこっちで率直にいって「売らんかな」姿勢が前面に出ている。妙におかしく妙に納得。

こうした例えは、どんなジャンルにも当てはまるが、富裕層ビジネスという曖昧模糊とした幻想は、ネット上でさまざまな呼びかけを、幻かも知れない富裕層相手に叫び続けている。

対する富裕層の人々はネット上に飛び交う情報を自分達とは違う階層が活用するものとして冷めた目線で眺めているだけなのだろう。ピントがズレている。

また例え話になるが、ロールスロイスの正規代理店であるコーンズのホームページも象徴的だ。ロールスロイスの説明ページは素っ気ないほどあっさりしている。情報の洪水になれてしまった目から見ると、「やる気あるのかな」とすら思える。

結局、購入予備軍は、ここで情報を仕入れるわけではなく、限定的な世界で、人づてに、いわばアナログな世界で情報を仕入れているか、はたまた自らの信念だけで価値判断をしているわけだ。

名門幼稚園とか小学校のお受験熱が相変わらずだが、これだって、「その道に行くべき人々」が「その道の適切な情報」を「その道にいる人々」から耳にしているのが実情だろう。そしてまた、その手の人が勝ち組になっている。ネットの掲示板などに必死に何かを書き込んでいる段階で門前払いの対象だろう。その時点で「違う世界の住人」になってしまうのが実際のところだろう。

結局、富裕層と呼ばれる人々は、小さなコミュニティで独自の空気の中で“浮遊”しているということ。物凄くアナログなのが実態だと思う。

そして富裕層ビジネスの幻想をもうひとつ。富裕層に属していない人々が思いつきで手掛けようとしても、その発想は富裕層に刺さらないという根本的な問題がある。

昨今、東大出の若者が東大出のメンバーで会社を固めて“セレブ市場に殴り込み”みたいな話をよく聞く。“東大出てMBAも持っていて、どっかのエリート金融マン生活を経て、富裕層相手に起業”といったノリだ。全然ピントが合っていない。

富裕層の人々にとって、こうした動きや経歴などは気になるものではなく、まさに「別に・・・」という感覚だと思う。富裕層が富裕層相手に何らかの仕掛けをすれば刺さりやすいのだろうが、富裕層の人々は、そもそも富裕を題材に何かをすること自体に抵抗があるだろうから、こうしたビジネスモデルは生まれない。

まとまりがなくなってきたが、身近にいる本当のお金持ちを思い浮かべていただきたい。その人達の消費行動って、たいていが狭い世界のインサイド情報に基づいていて、確固としてぶれないこだわりがあって、相当に地に足がついている印象があることが共通している。もちろん、ちょっとした買い物なんかは、ネット情報に踊らされることもあるだろうが、本質的な消費には独特の視点があることは疑いようがない。

無理やり結論。いま、一流といわれている銀座のクラブが更なる高みを目指して、ホームページを開設してバンバンPRに打って出たとする。ほんの数ヶ月で一流という称号は消え失せることは間違いない。その狭さ、その限定感覚、その閉鎖的環境が富裕層の行動原理なんだと思う。

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