長い付き合いの年輩の紳士と久しぶりに会食する機会があった。70代半ばを過ぎても現役でバリバリ仕事をしている。
昔から英國屋で仕立てたスーツを着こなしていた御仁なのだが、この日、私の目にとまったのはその人が履いていた靴だった。
高級革靴ではなく、いわゆるオッサン仕様のウォーキングシューズだった。色こそ黒だが、よく見ればスニーカーのような生地で軽い登山なんかもこなせそうな靴だ。
最近、健康面で色々問題が出てきたそうで、さすがにラクチンな靴を選んだらしい。格好つけるより安全で快適なものを選ぶのは当然だ。でも、彼の昔の姿を思い起こすと何となく寂しい気もする。
私自身、20年以上経った将来、今のようにカッコつけて革靴を選んでいられるかは疑問だ。
きっと、ドテっとした形のやたらと軽いダッサい靴を迷わず選んでいる気がする。
逆に、70代になっても靴へのこだわりを持ち続けられたら凄いことである。靴に限らず、身につけるモノに自分なりの美学を貫いたまま一生を過ごせれば幸せなことだ。
それだけ気力や美意識が衰えていないという意味だから、がんばってオシャレジジイを目指したほうがいいのだろう。
さて、ノーネクタイでいられる季節も過ぎて、そろそろ三つ揃いを着たくなるほどの気候だ。秋の日はつるべ落としである。
ここ数年、三つ揃いのスーツを着ることが増えたが、その理由の一つがネクタイ問題である。
世の中に出回っているネクタイは総じて短いのが私の不満である。全長140㎝代前半ぐらいの長さが主流だ。私の場合、それだと結んだ時に「芋洗坂係長」のようにネクタイが短すぎる事態に陥る。
スリーピースのスーツの場合、ベストのおかげで「芋洗坂係長状態」を世間の目から隠すことができる。これは非常に便利である。だからスリーピースを選ぶ。
時々、いや、ごくまれに女性と二人きりになってベストを脱ぐムフフな機会に恵まれるが、そういう時はベストを脱ぐ前にネクタイを外す。私が芋洗坂係長であることは秘密である。
さてさて、私の場合、身長は高めだが180㎝には少し届かない程度だし、首回りも42~43㎝程度。巨漢というほどではない。
この程度の体型の人間が不自由するわけだから世の中のネクタイ業界には反省していただきたい。
舶来モノ(この表現自体、死語か?)のなかには150㎝程度のネクタイが結構あるから、結局それを購入する。ムダに高いものを買うハメにもなる。
ブルガリやトムフォード、ブリオーニあたりのネクタイはおおむねロング系が多いので、それらが主流になる。
まるで「ブランド大好きオシャレオヤジ」みたいだが、真相は単にネクタイの長さの問題である。芋洗坂係長のせいである。
スーツやシャツをオーダーで仕立ててくれるテーラーさんが、ネクタイもオリジナルで作るらしい。それなりの品質の生地でそれなりに色柄の選択肢があれば、ぜひ作ってみたい。近いうちに頼んでみようと思う。
デパートやお店に出かけてスーツやシャツを選ぶのが億劫なので、季節ごとに訪ねてきてくれるテーラーさんの存在はありがたい。
オリジナルを仕立てるなどというと高価なイメージだが、デフレ社会の恩恵もあってか、デパートの吊しのスーツに比べて少し高いだけである。もちろんブランド品よりも安い。
キッチリ採寸して、こちらの好みも伝えるわけだから、当然、着ていて楽チンである。スーツは大人の男の制服だから快適さは大事だ。
シャツも同じ。西洋社会では下着に該当するのがワイシャツだ。ブカブカだったりツンツルテンではダメである。
ワイシャツも日本のデパートなどの品揃えは不充分だ。9割方の商品が首回り43㎝までしか揃えていない。ダメダメ。
私の首回りは42㎝プラスアルファぐらいなので、43㎝のシャツでピッタリなのだが、クリーニングでほんの少し縮むだけでアウトである。だから43㎝のシャツは怖くて買えない。
JIS規格だか何かで生地の数パーセントの縮みは許されているらしいが、微妙な縮みがすべてを台無しにすることもある。
難しいのは、まったく同じサイズのシャツでも生地の質が異なるだけで、微妙に縮む割合も変わる点だ。
こればかりは、生地をじっくり見たところで分からない。クリーニング屋に二度三度出してみて結果を見極めるしかない。
ちょっとした縫製の加減も影響しているかもしれない。出たとこ勝負みたいな感じである。
結局、オーダーで作るハメになる。少し縮む想定でゆとりを持って作るのだが、ここでも、まったく縮まないシャツがあったり思った以上に縮むやつがあったり、奇々怪々である。
結局、数多く揃えるしかない。シーズン毎に何枚も発注するハメになってムダに出費がかさむ。テーラーさんだけが嬉しいという話である。
オシャレを頑張りすぎると何だかわざとらしいし、かといって、無頓着すぎるとダメな人みたいな印象を与える。
根っからモノグサな私にとっては実にメンドーである。着るものより気を回さないといけないことは山ほどある。許されるなら毎日同じ格好で過ごせたらどんなにラクチンだろう。
ということで、身体に合った無難な色柄のスーツを仕立てて、無地系のシャツを仕立て、ソリッドとかオーソドックスな路線のネクタイを選び、自慢の?靴だけは常に綺麗に磨く。
これで充分だ。ついでにいえば、スーツの胸にポケットチーフを入れておけばバッチグーである。たった一枚のポケットチーフで、一応身だしなみに気を遣っている紳士のふりは完成する。
そんな格好で今日も生きている。
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