思えば焼肉というジャンルは随分と進化した気がする。私が若者だった頃はロースかカルビかタン、その他レバーやミノといったラインアップが基本で、イマドキの焼肉屋さんで当然のように出てくるミスジやイチボ、トモサンカクなどは聞いたことがなかった。
だいたい、オシャレとかデート向きというカテゴリーとは無縁の存在だったのが焼肉屋だった。叙々苑が人気が出てきた頃から様子が変わってきたが。それまでは何となく薄暗く脂っぽくて匂いも強烈な店が大半だった。
私が子供の頃、実家で絶対的な存在だった祖父はニンニクが嫌いだったせいで、外食で肉といえばステーキかしゃぶしゃぶが定番で焼肉屋さんに連れて行ってもらった記憶はない。
そのせいで独特な匂いを漂わせる焼肉屋さんの前を通るたび一体どんな味なんだろうと物凄く興味が湧いた。一種の憧れみたいな感じだった。
その後、しびれを切らした私は母親にせがんで焼肉屋さんに連れて行ってもらった。10才ぐらいだっただろうか。今の時代の子供よりは遅いデビューである。
当時は肉食獣のような状態だったから初焼肉の衝撃は大きかった。すき焼きみたいに余計な野菜が目に入ることもなく、ただ肉ばかりという一点に興奮した。荻窪駅のちょっとハズレにあった薄暗い感じの店だった。
一応、ステーキやしゃぶしゃぶで真っ当な肉を食べていたから肉自体の印象はそんなにないのだが、何が強烈だったかといえばあのタレである。
初めて味わうタレのウマさに我を忘れて肉をタレでビシャビシャにして白米にバウンドさせて貪り食った記憶がある。
気のせいか、当時の焼肉のタレは今よりもやや甘さが控えめでスッキリサラっとしていた印象がある。今も住宅街にひっそり構えるドンヨリ系?の昔っぽい焼肉屋さんではそんな感じのタレに出会うことがある。そういう店では肉なんか二の次で“白米バウンド”を楽しむ。
その後、私が大学生ぐらいの頃から焼肉屋さんの雰囲気が変わってきた。30年以上前のことである。バブル前夜という時代背景のせいでちょっと高級で洒落た雰囲気の店が増えてきた。
ちなみに高校生の頃、くだらない都市伝説的な話が広まっていた。「焼肉屋にいるアベックはもうやっちゃってる関係だ」。アベックという言葉自体が既に死語である。男女が既に深い仲になっているかどうかは思春期の小僧にとっては一大関心事で、その線引きが焼肉屋だった。
今では考えられない発想である。そのぐらいデート向きの洒落た感じの焼肉屋が無かったという逸話だ。50代以上の年齢の人なら共感してくれるはずだ。
さて、必然的に焼肉のトリコになった私は高校生ぐらいから焼肉ばかり食べるようになった。高校1年の時、飲酒喫煙不純異性交遊で停学処分を食らったのも格安食べ放題焼肉の店でのバカ騒ぎが発覚したせいだ。今だったら食べたら死んじゃいそうな怪しい色の安い焼肉をしょっちゅう食べていた。
30代前半ぐらいまで私の人生は焼肉一色だったといっても過言ではない。それもカルビばかり好んで食べた。タンは女の食べもの、ロースは年寄りの食べ物などと称してひたすらカルビ三昧だった。
いま私はカルビは一枚も食べられない。おそらく一生分のカルビを食べきってしまいコップの目盛りが溢れたのだろう。いまは赤身肉を2~3切れ食べてあとはツマミを突ついて酒を飲むのが基本になってしまった。
先日、日本料理と焼肉を組み合わせた新感覚の焼肉屋というフレコミの店に行く機会があった。銀座にある「はせ川」というお店だ。
前菜で出てきた炊き合わせみたいな料理や小鉢類が本格的な和食の味ですっかりヘタレオヤジになった私は妙にホッコリした。
湯葉みたいな年寄り向けの一品料理もあって「焼肉はもう無理」という人にも優しい。ユッケのような一品も赤身を使っているから有難かった。
用意されている肉の種類も豊富で、タンは3~4種類あったし、薄切りか厚切りかを選べるのも楽しい。希少部位のほかに赤身肉も数種類あるようで和食っぽい気分でちょこっと焼肉を食べるという楽しみ方が出来そうだ。
ちょっと気になったのがタレ問題である。わさびや岩塩、醤油、味噌ダレなどが仰々しく用意されるのだが、いわゆる普通の焼肉のタレが無い。子供の頃、あのタレに興味乱舞した私としては何だか物足りない。
とはいえ、メインの焼肉は今やほとんど食べないヘタレな私だからさほど気にせずやり過ごした。これも焼肉屋さんの進化の一つの形なのだろう。
でも20代の頃の私だったらタレのために焼肉を頬張っているような感じがあったから醤油だの味噌ダレを「星一徹」(星飛雄馬のパパ)のようにひっくり返したかもしれない。
器の使い方も正しい日本料理店の雰囲気で個室の造りも落ち着くし、なかなか使い勝手の良い店だと思う。ちょっとお高いがタレ問題を気にしない人にはオススメだ。
なんだか今日は思い出話を書いているのか、新しく知った店を書いたのかよく分からない話になってしまった。
いずれにせよ、焼肉屋でカルビを無尽蔵に食べられた若き日々が時々恋しくなる。あの頃、深夜の焼肉屋でカルビを4~5人前平然と食べた直後に眠りに落ちていた成れの果てが逆流性食道炎オヤジという現在の姿である。
ちょっと切ない。
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