列に並ぶことが苦手だ。ワガママだが、こればかりは仕方がない。入国審査などどうしても並ぶ必要がある時なら我慢するが、それ以外は徹底して並ぶのを拒んでしまう。
わが社から歩いて数分の所に常に大行列のラーメン屋がある。真夏も真冬も大行列。2~3人が待っているのなら分かるが、いつも2~30人は並んでいる。理解不能だ。
好きな人なら並んででも食べたいのだろうが、私から見れば「並ぶことが目的」かと思えるほど皆さん楽しげな顔をしている。
行列ができるほど有名な店で食べることが嬉しいのだろう。
人の嗜好に文句は言えないが、近隣にいくつもラーメン屋があるから、いつも不思議に思う。
パンケーキやシュークリームといった甘いモノにも行列店があるらしい。若い女の子が「ネタ」として並ぶのだろう。
それはそれで青春だから?可愛い気があるが、いい年したオッサンがメンチカツのためだけに行列に並ぶのは何だか気味が悪い。
並ぶのが好きな人、ゴメンナサイ。
飛行機に乗り込む際の搭乗口での行列も不思議だ。自由席ならともかく何であんなに一生懸命に並ぶのだろう。
搭乗口にいるのにフルネームで呼び出されるまでボケっとしている私のほうが問題だが、赤ちゃん連れでもないのにゲートが開く前からボーッと並ぶ人はどういう心理なんだろう。何かを企んでいるのだろうか。
さて、私の苗字は「あ」から始まる。幼少時から出席番号は常に一番だった。予防接種の順番をはじめ、行事の際の出入りや何かやるのも一番始めというパターンが多かった。
卒業式だけはいつも「総代」とかいう優秀な人が私の前に立ったから二番目だったが、それでも長々待たされるポジションではなかった。
きっと子どもの頃の出席番号のせいで並ぶのが苦手になったのだろう。そんなはずはないか。
週末の夕方にスーパーに買物に行くことは絶対にないし、普段からコンビニのレジに3~4人並んでいたら、手に取った商品をわざわざ戻して出て行くこともある。
敬愛するハマショー師匠のライブに行っても、座席ブロックごとの規制退場が苦手だから最後の1~2曲を聞かずに出てくる。
千葉のディズニーランドにもここ30年行ったことがない。小さかった子どもにせがまれても「としまえん」専門だった。
病院や役所みたいに座って順番待ちをするのは平気だ。でも、その昔、娘の幼稚園受験で親子面接を待つ間、しきりに舌打ちと貧乏揺すりを繰り返し3歳の娘に注意された覚えもある。
単なるワガママだとは自覚しているが、加齢のせいで年々ヒドくなっている気がする。こんな状態では社会不適合人間になりそうで、内心では結構ビビっている。
性癖としてはかなりMっ気があるみたいだから、ちゃんと心を入れ換えれば行列にもニコニコ加われそうなのだが、どうもササクレだった心が邪魔をする。
解脱しないと老後が怖い。いずれ今のようにチャッチャカ動けなくなるわけだから、その時に必要なのは忍耐力である。列に並ぶことすら出来なかったら平穏に暮らしていけない。
気をつけなければ。
ちなみに今日この話を書こうと思ったのは夜の銀座のタクシー乗り場のせいである。
7丁目、8丁目あたりで飲んだ後は、「銀座の柳」で知られる御門通りのタクシー乗り場が定番だ。しかし、酔っ払いオンパレードの深夜12時前後はダラダラとなかなか順番が先に進まない。
心底イライラする。過去に何度もノロマな人々を優しく?注意したことがあるが、そんな努力もまた私自身をイライラさせる。
そんなこんなで、今ではその乗り場から数百メートル離れた新橋駅近くのタクシー乗り場を使っている。
そちらの乗り場に並ぶ人は皆無である。わずか数百メートルの距離で大行列の乗り場と待ち人ゼロの乗り場があるのが不思議である。
やはり、行列する乗り場にいる人々は「並びたいから並んでいる」行列マニアなんだろう。
そんなイヤミばかり言っているとますます偏屈オヤジになりそうだから適当にします。
それにしても、舛添さんもどうせロクに仕事しないなら、バブルの頃と同じ基準で運用されているバカげた銀座のタクシー乗り場規制を何とかしてくれないものだろうか。
2016年6月6日月曜日
列に並べない
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