真夏になると高級プレミアムアイスではなく、コンビニで100円で売っているベーシックなかき氷のほうが嬉しい。ベタベタした冷たさではなくシャキシャキした冷たさが恋しい。
某所で食べたかき氷。1200円もした。アホみたいな値段だ。最近はゴージャス系のかき氷が世の中に増えた。美味しいことは喜ばしいが、程度問題だろう。氷は水を固めたモノである。さすがに1000円オーバーはオヨヨである。
以前、会社のチャリをこいで頻繁に出かけていた目白の和菓子処「志むら」。夏は絶品かき氷が名物なのだが、2年ぐらい前から常に大混雑状態で疎遠になってしまった。
最近目白にオープンした寿司屋の親方のインスタを見ると、しょっちゅうここのかき氷を食べている。仕込みをサボって並んでいるのかと思いきや、午前中に攻めればスムーズに入れるらしい。
ビミョーだ。午前中からかき氷モードにはなりにくい。悔しいが今年も「黒蜜キナコかき氷」や「アンズのかき氷」を食べずに終わってしまうのだろうか。
さて、夏といえば「もろきゅう」である。もろみを付けることが名前の由来だが、私はつい最近まで「キュウリをモロに食べる」からもろきゅうと呼ばれていると思っていた。バカである。
野菜嫌いの人生を歩んできたせいかもしれない。キュウリをもろにかじるなんて背筋が凍りそうな恐怖体験だと信じて生きてきた。
でも、ここ1,2年、キュウリの丸かじりを時々実践するようになった。加齢のせいだろうか。画像のような梅きゅうを自らオーダーして食べることも増えた。
歳のせいだけが理由ではない。野菜は私の天敵だが、どうも昔より野菜の味が向上したような気がする。
昭和40年代、50年代に子供だった私の記憶では、キュウリやトマトは青臭くてただただマズかった。あの頃は大量消費地である東京にテキトーな商品が溢れていたのだと思う。
今でこそ、グルメっぽいものを有難がる風潮や生産者のこだわりがクローズアップされているから、あまりにヒドいものは駆逐される。
いわば私の子供時代は、まだまだいろんな面で後進国だったのだろう。今と違って都会人ほどヒドいものを食べる機会が多かったのかもしれない。
なんでもかんでもモノに溢れる東京だからこその盲点である。モノが多い分、インチキみたいなモノも溢れていたわけだ。
この季節は飲み屋で冷やしトマトを注文することもある。野菜嫌いの風上にも置けない行動だが、妙にウマく感じて我ながら驚く。
加齢のせいにするより野菜の味が変わったことが理由だと信じたい。
ネギも昔より好きになった。ネギの味が昔に比べて変わったとも思えないから、こればかりは私の味覚がようやく年相応になったということだろう。ちょっと悔しい。
池袋の某所で食べたネギラーメンである。こんなものを自ら進んで注文するわけだから、野菜嫌い同盟の皆様から糾弾されそうである。
マズかった。中途半端に野菜に魂を売り渡した罰かも知れない。ネギは辛いし、大量の冷たいネギのせいでスープが妙にヌルくなっちゃって残念な感じだった。
こちらは上野の某居酒屋で食べた「甘エビかき揚げ特大サイズ」である。甘エビもあったが、主役はタマネギだった。甘エビの部分よりタマネギが素直に美味しかった。
なんだか気付かぬうちに野菜にテゴメにされているような感じだ。
昔は、ペヤングなどのカップ焼きそばを作る際に「かやく」、すなわち乾燥野菜を入れずに麺だけを食べていた。今ではお湯を捨てる際に蓋にくっついちゃったキャベツまで余さずに麺と混ぜ合わせている。
野菜を親の仇のように憎んで半世紀を生きてきた。ハガネの意思で歩んできたつもりが、気付けばすっかり野菜どもの陰謀にハマってしまった。
敗北感バリバリである。
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