ブログを書く人はブロガー、バイオリンを弾く人はバイオリニストである。ウナギを愛する私は、ウナガーなのかウナギストなのか。
ウナギストのほうが響きがいいからそれにしよう。ウナガーだと怪獣みたいである。
すっかり高値になってしまったウナギだが、富豪を目指す私としては気にせずにムシャムシャ食べないといけない。
牛丼屋や弁当屋の安いウナギに手を出したいところだが、ウナギストとしてはマトモな店で悠然と食べるのが正しい作法である。
お寿司屋さんでもウナギがあれば本能的に白焼きなどで出してもらう。この画像は目白の「鮨おざき」での一枚。天然モノのデカいウナギだ。
普通に鰻重にしたら採算が合わないらしい。ちょこっとした焼き物にしてコースの一部に組み入れたり、私のようなウナガーをうならせるための特殊兵器?として仕入れているみたいだ。
さて、今日のテーマは天然か養殖かである。魚に関するウンチクで必然的に出てくる話だ。どうしたって、自然界の恵みのほうが有難いから「天然」と聞いただけで喜ばないといけないのが世の中の習わしである。
ウナギの場合、老舗の専門店だったら、上等な天然物を鰻重で食べようとしたら、1人前1万円でも済まないだろう。さすがに常識的な値段とは言えない。
では、養殖が劣るのかといえば、決してそんなことはない。ここはニッポンである。技術力や知恵、情熱、創意工夫に関しては世界トップレベルの日本人が手掛ける養殖モノの中には天然モノにも負けないレベルのウナギも存在する。
だいたい、天然モノを闇雲に崇拝したところで、すべてがすべてウマいわけではない。天然だからこそ善し悪しの差も出やすい。
上質な養殖モノであれば、品質管理の成果で安定的に高水準のウナギが供給される。小さく痩せた“名ばかり天然”を変な値段で食べるよりよっぽど幸せな気分になれる。
養殖ウナギのブランドとして有名なのが「共水ウナギ」だ。私が今まで感動した店の中にもこのウナギを使っている店は多い。
正直言って、その他の養殖ウナギとの微細な違いは私の味覚では分からない。タレの味の好みもあるし、結局は職人の腕にかかってくる。当然、ノンブランドだろうとウマい店のウナギはウマい。
まあ、そう言ってしまえばそれまでだが、ある程度言えることはブランド養殖ウナギをわざわざ使おうと考える“意識高い系”の店であれば、ダメダメな確率は低いということ。
そんな公式が当てはまらないこともあるが、こればっかりは生き物を人間が調理するわけだから、絶対の基準はない。
先日、別な種類のこだわり養殖ウナギを出す店に行ってみた。銚子市にあるウナギ卸会社が手掛ける「坂東太郎」というネーミングのウナギだ。
卸会社直営の鰻屋さんが日比谷にある「炙一徹」という店。有楽町ガード下の煙モーモーの焼鳥屋ゾーンのそばに、ちょっとだけ上品な様子の店構え。
短冊やくりから、肝焼きといった串モノもメニューにあるから「夜の鰻屋」としても使い勝手が良い。
串焼きの他にキモポン酢やう巻きでグビグビとホロ酔いになった後で鰻重サマの登場だ。
脂の乗りが良いのにしつこくはない。美味しかった。上に書いた共水ウナギもそうだが、上等な養殖モノの特徴は脂の質の良さだろう。
脂の乗りが良くてもいつまでも口に残るような脂っぽさは苦手だが、評判の高い養殖ウナギは脂がスッと消えていくような印象がある。次の機会には白焼きを味わってみたい。
それにしてもウナギの価格高騰は日本の食文化にとって痛手だと思う。若い人には手が出ない状態だ。このままでは世界に誇る鰻食文化の衰退は必至だろう。
高校生の頃、渋谷でチャラチャラしていた私の楽しみが、450円ぐらいで食べられた「うな玉丼」だった。センター街の外れにあった大衆的な鰻屋さんでガッついていた。
たしか鰻重は1200円ぐらいだった。うな玉丼で我慢しながら、あと数年も経てば1200円ぐらい払えると大人になることを楽しみにしていた。
今の高校生にしてみれば、大人になったところで鰻重は身近な存在には程遠い。気の毒なことだ。
日本中の占い師さん総出でウナギの稚魚が湧いている場所を探し当てて欲しいと願っている。
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