私にとって一種の潤滑油が夜のクラブ活動だ。ムダといえばムダ、有意義といえば有意義なのがオトナの部活である。
銀座7丁目8丁目あたりの夜の空気感に惹かれてウロウロするわけだが、そんな場面でも自分の老化を感じて残念な気分になる。
昔より長っ尻になってしまった。以前ならテキパキと小一時間ぐらいで店を移動するエネルギッシュさがあったが、最近はドカンと腰をおろすと長々とバカ話に花を咲かせる。
その店が楽しいとか、お気に入りの女性がいるならともかく、そうじゃない時でもダラダラしている。腰が重い。あまりカッチョいい話ではない。
サッと顔を出して風のように去るのがイキなのかもしれないが、ダラダラしちゃうのは感度が鈍化しているからだろう。
一度座ると立ちたくない。職場でも非常階段の踊り場にタバコを吸いに出ても、ついつい階段に腰をおろしてしまう。爺さんみたいである。もっと足腰を鍛えないといけない。
さて、クラブ活動の話である。付き合いのある黒服さんが店を移ったとのことで、初訪問の店に出かけた。
ボトルをプレゼントされちゃったから、感激屋の私は今後もちょこちょこ顔を出すことになるのだろう。そんなものだ。
初めて行く店、あまり馴染みの無い店はそれなりに楽しい。常連顔でホゲホゲできる店のほうが何かと快適だが、初めての店は顔見知りもいないから、「寡黙で渋いダンディーなオジサマ」を演じるチャンスがある。
何度も通っている店だと、私のアホバカぶりはバレている。今になってカッコつけようとしても手遅れである。「ワイ談大魔王」という定着したイメージから逃れることは出来ない。
その点、馴染みのない店では、田村正和ばりの苦み走ったいい男を演じても、ウソだとは思われにくい。高倉健のフリだって可能だ。
だから頑張ってカッコをつけてみる。席に着く女性陣もかしこまった感じで「謎めいた私」の様子を探ってくる。良い感じだ。
「こういう店には滅多に来ないから何を話していいか分からないな」などと硬派な男を演じたりして自己満足の時間を楽しむ。
しかし、コトはそう簡単に運ばない。馴染みの黒服さんがやってきて、場を盛り上げようと「この人のワイ談は奥が深い」などとアッサリ私の素性を暴露してしまう。
そんな展開になったら、根っからのワイ談インストラクターである私は、アッという間に「いつもの自分」に戻ってしまう。待ってましたとばかりにワイ談大会が始まる。
「謎めいていた私」は15分ぐらいで終了である。仮面は剥がれ、単なるスケベだという事実がそこの店でも記録される。
おまけにサービス精神旺盛の私は、初訪問ゆえに何かと話題が少ないその場の雰囲気を盛り上げようと、普段よりもワイ談のギアを上げがちだ。
その結果、ワイワイと楽しい席にはなるものの、「モテる」という展開には程遠い流れになるわけだ。なんとも切ない展開である。
ワイ談と一口に言っても、そんな生易しいものではない。ただ下品な話をするようではズブの素人である。高尚な次元を目指す私にはそれなりのコツや流儀がある。
http://fugoh-kisya.blogspot.com/2016/08/blog-post_19.html
一方的に語るだけでなく、その場の皆さんで「百物語」のように語り合うのが大事だろう。
この鉄則?に沿って今も各地でワクワクするような話を入手している。そのおかげで自分も新ネタを増やすために頑張ろうという気持ちになる。
老け込んじゃイカン。自分でそう思えるわけだから、夜の部活でワイ談に励むことは私にとっての健康法になっている。
ジムに行って身体を鍛えるより有意義かもしれない。そんなケッタイな言い訳をつぶやきながら夜の街に絡め取られている。
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