暑いのにセミの鳴き声を聞かないと夏本番という気分にならない。昔よりセミが鳴き始めるのが遅くなっているような気がするがどうなんだろう。
先日、文京区某所でセミの初鳴きを耳にして気分が上がった。ミンミンゼミである。あの響きは夏そのものだ。まだ私が住むエリアでは聞こえないのだがさっさと合唱を始めて欲しい。
セミの次はかき氷である。私の中でセミとかき氷は一心同体である。意味不明で申し訳ないが夏と言えば「セミとかき氷とスイカと風鈴」である。郷愁の音と味だ。
私が子供の頃はまだまだ発展途上国だったから今みたいなモダンなかき氷は存在しなかった。毒々しい赤や青のシロップこそがかき氷だった。ベロが変色するのが決まりだった。
時は流れかき氷も随分と洗練されてきた。今ではあちらこちらで画期的なかき氷が登場している。行列するような店も珍しくない。
昭和人?にとっては「かき氷を食べるために並ぶ」という行為が意味不明だが、そんなことを言っているようでは既に化石状態なんだろう。
こちらは東京駅にある虎屋直営のカフェで出てきた宇治金時だ。まさに王道みたいな感じ。変に時代におもねっていない凜とした感じが潔い。あんこが非常にウマい店だけにこの季節限定のかき氷を楽しむには穴場だと思う。
と、さも古典的なかき氷こそ素晴らしいみたいな書きぶりだが、別な日に1年ぶりに食べに行った“イマドキ系モダンかき氷”に悶絶した話が今日のメインである。
娘に連れられて上野広小路のパルコの中にある「廚 otona くろぎ」に出かけた。昨年のこの時期に初めて訪れて衝撃を受けた店だ。
今の季節は「枝豆クリーム」なる一品がイチ押しらしい。それと「みたらしクリーム」も注文する。もはやかき氷というジャンルを超絶した「氷スイーツ」という位置付けだと思う。
私のボキャブラリーでは味を上手に表現できないが、一言で表すなら「イヤになっちゃう美味しさ」だ。ネガティブな表現ではない。最初の一口でノックアウトされる。官能的、いや、エロい味わいである。一口食べただけで自分がフニャフニャになっちゃう感じだ。
ここまで来ると古典、モダンなどとジャンルを考えること自体が無意味だ。回し者みたいにベタ褒めしちゃうが、かき氷好きなら絶対に食べたほうがいいと思う。
値段がバカみたいに高すぎるのは問題だが、1年に一度ぐらいならこういう贅沢も楽しいと割り切るのもアリだ。まあ、それにしても高い。若い人が食べるには勇気がいるはずだ。メニューが極端に少ないから儲かるんだろうなあなどと余計なことも考えたくなる。
私は酒も好きだが甘いモノもかなり好きである。スイーツ男子と称されても不思議ではない程度に頻繁に甘いモノを食べている。
最近ハマっているのがセブンイレブンのピスタチオチョコレートバーである。始めて食べたときは美味しくて感涙にむせんだ。絶品だと思う。
コーティングされたピスタチオチョコレートの味わいが豊かで大粒のピスタチオクランチがホンモノ感を高めてくれて素晴らしい。250円ぐらいのやや高めの値付けだがどうでもいいハーゲンダッツを食べるより遙かに満足感がある。
ウマいピスタチオアイスを求めてネット検索にもずいぶん励んできたが、ネット検索だとナゼか私の煩悩を刺激するような「ピスタチオアイス」が出てきて思考停止に陥る。
そういえば上で紹介した「くろぎ」のかき氷は季節ごとにいろんなバージョンが取っ替え引っ替え登場するのだが、ピスタチオクリームがラインナップされたことはあるのだろうか。
もし今後ピスタチオクリーム系のメニューが出てきたら1年に一度どころか週に一度は通ってしまうと思う。想像するだけでヨダレが出てくる。
いずれにせよ今はセブンのアイスバーに熱中するようにしよう。ちょっと溶けかかったぐらいの感じが実にウマい。
セブンの商品はすぐに入れ替わってしまうのでこれだけは定番化して常備して欲しいと切に願っている。
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