あれほどハマっていたコンビニスイーツを最近は食べていない。良い傾向だ。昔のコンビニ商品と比べて格段にレベルが上がったスイーツを食べまくっていると緩やかな自殺みたいな話になる。健康に良いはずはない。
コンビニスイーツをやめたとはいえ、甘いモノを食べないわけではない。2ヶ月ほど前にフルーツゼリーに突然ハマった話を書いた(http://fugoh-kisya.blogspot.com/2022/02/blog-post_04.html)が、今はカットフルーツばかり食べるようになった。
半世紀以上生きてきたが、果物が大好きだった時代は私には無い。嫌いとは言わないが積極的に果物を食べる機会は無かった。高級サクランボや高級メロンをもらっても誰かにあげちゃうのが常だった。
強いて言えば夏のスイカは好物だが、あれだってカットフルーツしか買わない。自分で皮をむいたり何らかの“作業”が必要なフルーツをわざわざ食べたいとは思わない人生だった。
果物の良さに今更ながら気付いた私だが、それでも面倒なことは大嫌いだ。必然的にカットフルーツに目が向くことになった。
カット済みのスイカを食べることが増えたから昔ほどカットフルーツに抵抗感は無くなったのだが、以前は「そのまま口に入れる果物なのに人の手が入っている」という現実に戸惑いがあった。
自ら皮をむいたりヘタを取ったり、包丁でカットしたりという“作業”を見知らぬ誰かに託している気持ち悪さというか違和感は、ある意味「知らない人が作ったおにぎり」を食べるのと似ている。
それと同時に横着への罪悪感みたいなヘンテコな気分もある。昭和の人間の矜恃としてイマドキの便利な時代を象徴するようなカットフルーツを全肯定してはいけないような感覚がある。
そんなくだらない葛藤を経て結局はカットフルーツを毎日のようにバクバク食べている。まったく無意味な葛藤だったわけだ。
思えば「そのまま口にするモノを見知らぬ誰かがカットしている」というパターンは刺身だって一緒である。魚を自分で捌いて刺身を作る一般人など今や絶滅危惧種である。
そう考えたら果物だって同じだ。気にすること自体がバカみたいである。数十年後にはカットフルーツが標準になって、丸のままの果物がスーパーの店頭に並ぶことは珍しくなる時代が来るかも知れない。
毎日毎日ネットスーパーを頼むわけではないので、日々のストックはセブンイレブン頼みである。スイーツコーナーの端っこに小パックのカットフルーツが鎮座しているので頻繁にまとめ買いをしている。
パイナップルとリンゴが基本だ。ちゃんとした家庭人だったらこういう商品は買わないのだろうが、これはこれで横着男にとっては有難い。サイズ感もちょうどいい。いっぱい食べたいときは2袋を一気食いする。
ネットではフルーツの良い効能ばかり読むようにしている。生クリームぶりぶりのコンビニスイーツを食べるよりは間違いなく身体に好影響を与えるはずだ。
こういうちょっとした生活の変化がここ数年増えた。加齢を象徴するトピックなのだと思う。昔は興味のなかったモノに惹かれることやその逆も多い。
人生の章立てがいくつあるのかは分からないが、確実に違う章に移行していることを感じる。歳を取ってしまったと嘆くのではなく自分の新たな一面に出会えたことを面白がりたい。
それにしてもカットスイカが恋しい。しこたま食べまくりたい。年々暑いのが苦手になってきたが、カットスイカが楽しめるという点では夏が待ち遠しくなってきた。
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