先日、友人と飲んだ後にラーメン屋に入って背脂入りの濃厚味噌ラーメンを堪能した。ウマかったので満足感に浸る一方、やはり私は飲んだ後のシメはラーメンより丼メシのほうが好きだと感じた。コメがただただ好きなんだと思う。
丼メシのようにコメの上にドカンと具が載った一品モノはあの単純明快さが魅力である。有無を言わせぬ感じとでも言おうか。アレコレ小鉢を並べて迷い箸状態になるのと違って問答無用で「食らう」感じが素敵だ。
高校生の息子は大食漢だから時々会う際はドカメシを食べさせる。なかでも牛丼特盛りを食べさせれば至極明快に幸せそうな顔になる。私もつられて特盛りにして、おまけに追加の牛皿まで並べて親子でムホムホする時間は元嫁には内緒の禁断の喜びである。
丼メシにもいろいろあるが、一種の王道的存在がカツ丼だろう。最近は卵で閉じないカツ丼が人気だが、保守的な私はいまだに未体験だ。ついつい普通のカツ丼が食べたくなる。
高級とんかつ専門店のカツ丼ももちろんウマいのだが、DNAに染み付いた感性のせいか、時々無性に「蕎麦屋のカツ丼」が食べたくなる。その昔の刑事ドラマの取り調べシーンでは出前のカツ丼が定番だった。見れば必ずヨダレが出まくったことを思い出す。なんなら一度ぐらい逮捕されて「取調室のカツ丼」を食べてみたいとさえ思っていた。
世の中にはいろんな丼メシが存在するが、私が一番好きなのは豚丼である。その昔、北海道帯広の専門店で食べて以来すっかり大ファンになった。
この前の週末、わざわざレンタルチャリを使って豚丼のための遠征?に行ってきた。日本橋から水道橋までの距離だから遠征というには大袈裟だが、出不精な私には珍しくわざわざ豚丼のためだけのお出かけである。
この日は予定もなくボケっと過ごしていたのだが、少し前に神保町を散歩した際の「豚丼の幸せ」が甦って来てどうしようもなく豚丼が食べたくなったわけだ。(https://fugoh-kisya.blogspot.com/2024/04/blog-post_19.html)。
せっかくだから未開拓の店に行ってみようとネットで評判の良かった「豚や」という店に向かう。神保町と水道橋の間ぐらいの立地だろうか。
メニューには普通の豚丼の他に「特選豚丼」という上級ラインもあった。この日は北海道の神威豚を選び300円追加して肉増しにしてみた。1500円ぐらいの値段になったからノーマル豚丼の2倍ぐらいだ。富豪を目指す以上このぐらいは頑張らないといけない。
迫力の豚丼が出てきた。見ているだけで興奮する。こういう路線の豚丼専門店は都内でも少ないからワクワクする。肉質はかなり良かった。豚肉自体の旨味、甘味がしっかり感じられて美味しかったのだが、残念だったのがタレの量。単純にかけ過ぎである。
タレが多すぎるせいで味が強過ぎ。やはりターゲット層が若者だからだろうか。せっかくのウマい豚肉が台無しだと感じた。温玉をもらって味を中和してみたが卵1コぐらいでは味変にもならないほどパンチが効いていた。
丼の下の方にこれだけタレがあるわけだから若者ではない私にはさすがに厳しかった。でも肉自体は凄くウマかったのでまた行きたい。「タレ少なめで」とリクエストすれば済む話である。常識的な量のタレで味わえばかなり満足する豚丼にありつけると思う。
丼メシといえばガッツリというイメージだが、親子丼をはじめとする“優しい系”にも歳を重ねるにつれて惹かれるようにになった。なかでも「そぼろ丼」のホッコリ感は秀逸だろう。
子供の頃、駅弁などでそぼろが載った冷や飯が妙に好きだったことを思い出す。地味な存在だが、出汁の効いたそぼろとご飯の相性は抜群だと感じる。
優しい味付けのそぼろに加えて驚異的にウマい温玉が載っているわけだからそりゃあ美味しいに決まっている。焼鳥屋さんなのに焼鳥に目もくれずそぼろ丼を味わいたくなる。
その昔、銀座でのクラブ活動にマメに励んでいた頃はお気に入りのオネエサンにこのそぼろ丼を差し入れて喜ばれたことも何度かある。
あれこれと書いたが、こうやって振り返ってみると一口に丼メシと言ってもそれぞれにドラマもある。誰にでも人生の思い出が詰まっていたりする。なんだか大袈裟な言い回しになったが、丼メシは「日本人のふるさと」みたいなものだと思う。
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